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姫王子が往く!  作者: 沙φ亜竜
チャプター2 カラット王国とトパルズと
9/39

-2-

 私たちはカラット王国の城下町へと足を踏み入れた。

 町の周りは壁で囲まれている。いわゆる城塞都市というやつだ。さすがに警備も行き届いているという印象だった。


 私たちは町の入り口にある検閲所で審査を受けた。

 厳戒態勢の場合には、審査も大掛かりなものとなるが、なにせここは多くの人が行き来する大きな町だ。通常時の審査は簡単に済まされる。

 私もエリーも、ちょっとした持ち物検査を受けただけで通された。


 旅人などの馬は、検閲所の外にある馬小屋に預けられる。

 そのため私は魔法の袋を手に持ち、メインストリートと思われる人通りの激しいこの道を、エリーとふたりで歩いていた。


 夕陽も沈み、空は闇夜に包まれている。にもかかわらず、通りには明かりが煌々と灯り、凄まじいほどの活気で満ち溢れていた。

 さすがは交易も盛んなカラット王国だけのことはある、といったところか。

 ジュエリア王国だったら、夜ともなればほとんどの店は閉まり、数店の酒場が細々と明かりを点けている程度なのだが。


 私は愛用のマントに身を包み、エリーを引き連れて街の中を歩く。


「ルビア、そんな長ったらしいマントなんて羽織って、歩く邪魔にならない?」


 エリーが私のマントにケチをつけてくる。

 しかし、なんという無用心な王子なのだろう。暑いのは苦手~、などとわがままを言ってマントも身に着けないどころか、両腕や太ももをさらけ出すほどの薄着で歩いているとは。


 髪を切ったとはいえ、エリーはとても可愛らしい顔立ちをしている。

 今は夜だからさすがに目立たないが、空が明るくなったら、こんな格好ではいろいろと問題があるかもしれない。

 エリーは実は男なのだと言っても、ぱっと見ただけでは信じてもらえないだろう。


「このマントは騎士としての身だしなみだ。エリーもそんな薄着のままでは今後の旅に差し支える。今日はもういいが、明日はちゃんとマントを着けてくれよ。エリー用の短いマントを、せっかく王妃様が用意してくれたんだからな」

「む~。でもあれ、可愛くないんだもん」


 そう言って頬を膨らませているエリー。

 はぁ……。こんな心持ちで、はたして無事に旅を続けられるのだろうか。

 不安は募るばかりだった。


 私は歩きながら、きょろきょろと辺りの店を見回していた。

 こんなに遅い時間では、さすがに城へ伺うというのも失礼にあたる。今日のところは宿を取り、馬を長々と走らせ疲れた体を癒しておこうと考えたのだ。


 私だけならば粗末な宿でも構わないのだが、仮にも王子であるエリーがいるからには、あまりひどい宿を選ぶわけにはいかなかった。とはいえ、贅沢ができるわけでもない。

 ある程度は快適に休めそうな宿を探しながら、私はエリーとふたり、昼間のように賑やかな町並みを歩き続けていた。


「うっわ~、ルビア! これ、可愛いよ!」


 エリーは露店に並べられた様々な品物を見ながら、無邪気にはしゃぎ回っている。

 ずっと城の中で生活していたから、こういった場所は初めてなのだろう。物珍しさでいろいろと見て回りたいのもわかる。

 私はとりあえず、エリーの好きなようにさせていたのだが。


「ルビア~! これ、美味しそうだよ! 買って買って~!」


 エリーの興味は留まるところを知らないのか、あれが欲しい、これが欲しいと、しきりにねだっては、小躍りしそうなほどのはずんだ声を上げていた。

 そのあまりの浮かれっぷりに、道行く人が振り返って何事かと見ていくほどだ。

 自分がどういう立場だかわかっているのだろうか、この王子は。

 ……いや、完全に忘れているのだろうな。キラキラと好奇心に満ちたエリーの瞳は、いつもの数倍の輝きを放っているように感じられた。


 ともあれ、ここまで落ち着きのない状況では、さすがに問題があるだろう。

 周りには人も多い。それだけならまだいいが、時間的にもアルコールの入った酔っ払いの姿がちらほらと見られるようになっていた。

 ふらふら歩く酔っ払いと、ふらふらはしゃぎ回るエリー。

 そんなふたりがすれ違ったらどうなるか、予想もつくというものだ。


「わっ!」


 エリーは案の定、酔っ払いにぶつかってしまった。その酔っ払いは、がっしりとした体格の大男だった。

 ぶつかった勢いで弾き飛ばされ、エリーは道に倒れ込む。

 とはいえ、確実に悪いのはエリーだ。道の両端にずらりと並ぶ露店に目を奪われ、ぶつかってしまったのだから。


「おう、嬢ちゃん、危ねぇじゃね~か! ちゃんと前を見て歩け!」

「痛たたた……。なんだよ! 倒れたのは僕のほうなんだからね! そっちが悪いのは明白じゃん!」


 酔っ払いのごもっともな意見に、エリーはすごい勢いで反撃していた。

 おいおい……。

 私は呆れてしまう。


「なんだとぉ~? 嬢ちゃん、冗談も大概にしないと痛い目を見るぜ?」


 酔っ払いは、今どきこんなことを言う奴がいるのか、というようなセリフを吐きながら、エリーに詰め寄ってくる。


「うるさい! それに僕は男だ! 嬢ちゃんじゃないよ!」

「なんだとぉ~?」


 酔っ払いは身を屈め、倒れているエリーの全身をくまなく舐め回すかのように、ねっとりした視線を這わせる。

 さすがのエリーもたじろいでいるようだった。


「そんな可愛い顔して、男だとぉ~? 嘘をつくなよ、嬢ちゃん!」


 さらに顔を近づけてくる酔っ払いに、顔をそむけながらも、エリーは懲りもせず反抗する。


「嘘なんてついてないもん! それよりお酒臭いんだから、近寄らないでよ!」


 まったく、こいつは……。

 いくらなんでも、そろそろ止めてやらないとヤバそうだ。私はふたりのあいだに割って入った。


「ん? なんだ、てめぇは!?」

「私の連れが失礼した。許してやってくれ」


 酔っ払いは、頭を下げる私のほうへと怒りの矛先を向け直す。

 エリーはすでに私の背後に隠れていた。


「おいおい兄ちゃん、謝って済むと思ってんのか!? この落とし前、どうつけてくれるっていうんだ、あぁん!?」


 勢い込んで凄んでくる男の手に、私はそっと金貨を握らせた。

 感触で見当はついただろうが、男は握った手を目の前で軽く開き、中にある物体をしっかりと確かめる。

 男の目は一瞬で変わった。

 まぁ、向こうもべつに騒ぎを起こしたかったわけではないだろう。


「……ふん! ま、今回は許してやらぁ。その嬢ちゃんには、しっかり言い聞かせておけよ!」


 それだけ言い残すと、男はそそくさと去っていった。

 周りで息を殺して成り行きを見守っていた野次馬たちも、ほっと安堵の息を吐いていた。


「嬢ちゃんじゃないのに……」


 不満そうにつぶやいているエリーの頭を、私はゲンコツで叩く。


「痛っ!」


 そして、抗議の目を向けてくるエリーの手を引いて、素早くその場を離れた。

 これ以上騒ぎを起こされては、身がもたない。早いうちに宿を探して休もう。

 日々の鍛錬で体力に自身があったとはいえ、長々と馬を走らせ、私も疲れているのは確かなのだから。



 ☆☆☆☆☆



「ああいうのって、あまりよくないと思うな」


 宿を探して歩きながら、エリーはまだ愚痴愚痴言っていた。「ああいうの」とは、お金を渡して解決したことだ。


「お金だって無限にあるわけじゃないんだから、節約しないといけないじゃん」


 その意見自体はもっともだ。

 もっともなのだが……。


「だったら最初から、あんな酔っ払いに突っかかったりするな!」

「え~? だって、僕は転んだんだよ~? 痛かったんだから!」

「自業自得だろう、ちゃんと周りを見ていなかったんだから。それに、あのまま放っておいたら、それこそもっと痛い目を見てたと思うが? それでもよかったのか?」

「う……」


 エリーもべつに、わかっていないわけではないのだろう。ただ単に、私がいることで甘えてしまっているだけなのだ。

 もちろん、それではダメだというのを思い知らせるために、さっきはすぐに止めに入らなかったのだが。


「とにかく、もっと注意しないとダメだぞ? だいたいエリーは、髪を切ったとはいえ、ぱっと見は女の子にしか見えないんだからな。この町なら大丈夫かもしれないが、もっと治安の悪い町だったら、さらわれたりしないとも限らないぞ?」

「でも僕、男だし。大丈夫だと思うけどなぁ」

「……美少年好きな趣味のやからもいると聞くぞ? 脂ぎったデブオヤジの慰み物になりたいのか?」

「うっ……それは、さすがに嫌だな……」

「ともかく、自分の立場を考えて行動しろ」


 む~、と口を尖らせるエリー。

 不満そうな顔をしながらも、私の手はしっかり握ったままだった。さらわれたりしたら怖い、という思いは抱いているのだろう。

 こんな様子を見ていると、やはりまだまだ子供なんだな、と思う。


 城の中から出られない上、姫の影武者として存在を隠されて育てられてきたのだから、一般的な教養が欠落していたとしても、一概にエリーを責めるわけにはいかないと言える。

 どちらかといえば、教育係を仰せつかっていた私の責任、ということになるのかもしれない。


 私たちは黙ったまま歩き続けた。

 分が悪くなると黙り込んでしまうのは、エリーの悪い癖だ。将来を考え、直しておくべきかとは思うが……。


 今日はエリーだって疲れているはずだ。教育はこのくらいにしておくか。

 そんな私の目に一軒の宿屋の看板が映り込んだのは、エリーがまぶたをこすって眠そうにしている、まさにそのときだった。


 豪華というわけではなく、それでいて粗末な感じもない、清潔な雰囲気のたたずまい。

 見たところ一階は酒場になっているようだが、バカ騒ぎするような声も聞こえない。


 旅人の宿「アクアマリン」。

 質素な看板には、そう書かれてあった。


 エリーも限界のようだし、今夜はこの宿に決めるとしよう。

 私はすでにうつらうつらし始めているエリーの手を引きながら、宿の扉をくぐり抜けた。


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