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のどかな草原が一面に広がる道を、私は馬に乗って走っていた。
風が心地よく感じられる。
私の目の前にはエリーが座っている。
王子を一緒に乗せているのだから、あまり早く馬を走らせるというわけにもいかない。
どちらにしても、軍馬でもないこの馬に無理をさせることはできないだろう。ただでさえ、ふたりも背中に乗せているのだから。
もう随分と日差しも高くなってきていた。
快適な暖かさも感じられる風を全身に受けながら、道なりに馬を駆る。
風にそよいで、目の前に座るエリーの短く切り揃えられた髪の毛が、私の顔を微かに撫でた。
……いい香りだ……。
ふと顔が赤くなる。
いやいや、エリーは男だというのに、どうして赤くなっているのだ、私は。
いい香りがするのは、王族ということで身だしなみにも気を遣っているからだろう。旅立った私たちの荷物は、エリーの持ち物のほうが圧倒的に多かった。
「ルビア? どうかした?」
エリーが振り返り、声をかけてきた。
その吐息が感じられるほどの距離。余計に顔が赤味を帯びてしまう。
エリーは相手の目をしっかりと見て話す。そういうふうに教育されているのだ。
王族として相手に失礼のないように、ということなのだが、馬に乗った不安定な状態とはいえ、こんなにも至近距離でじっと目を見据えられると、さすがに恥ずかしくなってしまう。
男だとわかってはいても、姫と見間違えるほどの可愛らしい顔立ちをしているエリー。しかも本人は全く意識していないのだから、始末が悪い。
「?」
エリーが微かに首をかしげながら、大きな瞳で私を見つめてくる。
これから先ずっと、こんな感じで旅を続けていくのだろうか。
そんな思いをごまかすかのように、私は手綱を強く引くと、馬の速度を上げた。
「わっ!」
「しっかり前を見ていろ」
前方に向き直ったエリーの髪が、再び私の鼻腔をくすぐる。
旅立つ前に切ったエリーの長い髪の毛は、荷物の中に入れて持ってきている。
特殊な液体を含ませた水に浸すことで綺麗にまとまり、それを実際の髪の間に挟み込み、髪留めを使い固定すれば、簡単なカツラのようにして使えるのだそうだ。
エリーの荷物はかなり多かったのだが、馬一頭で移動している今、それらがどうなっているのかというと、実は魔法の袋の中に入れてある。
魔法の袋というのはその名のとおり、古代の魔法が込められた道具だ。
袋の口の大きさまでの物なら、なんでも、いくらでも入れることができるらしい。
ものすごく便利だと思うかもしれないが、実際にはそうでもない。
袋に入れた物は、いくら詰め込んだとしてもその容積はほとんどなくなり、袋が少し膨らむ程度で済むのだが、重量まで軽くなるわけではない。
つまり、物を詰め込めば詰め込むほど、本来の重量分だけ重くなってしまうのだ。
便利なのは確かだと思うが、万能というほどではない。それが、魔法の道具というものらしい。
シワになってしまうが、服なども魔法の袋に放り込んである。
重い物はなるべく入れないようにしてあるものの、やはり長旅の準備ということもあり、かなりの重さになってしまった。
そんなわけで、袋は馬の腰にぶら下げてある。
もちろん宿に泊まるときなどには、馬から外して持ち歩く必要があるだろう。
当然持つのは私になるが、「頑張ってね!」などとエリーに言われれば、断れるわけもない。
それ以前に、エリーがこんな重い荷物を持てるはずがない、というのもあるのだが……。
暖かな日差しが降り注ぐ中、馬は一直線に延びる道をただひたすらに走り続けていた。
☆☆☆☆☆
さらわれた姫に関する情報は、まったくと言っていいほどなかった。
国には諜報部のような機関があるものだ。当然ながらジュエリア王国にも、そういった機関は存在している。
姫がいなくなったことが判明した昨日から今朝にかけてという短い時間ではあったが、諜報部は持てる情報網を駆使して手がかりを探した。
しかし、その成果はまったく上がらなかったらしい。
ここまで痕跡も残さずに、城から人をさらうなんてことが、本当にできるものだろうか?
そうは思うのだが、実際に姫がいなくなったのは確かなのだから、現実として受け止めるしかなかった。
諜報部の情報網がその力を及ぼせるのは、基本的に国内に限られている。
国外にもスパイは派遣されているものかもしれないが、そのあたりの細かい事情までは、私は知らない。
ただ、もし国内に姫がいるのであれば、諜報部が近いうちに手がかりを発見するだろうし、発見できないようであれば姫は国外に連れ去れた可能性が高いと言える。
そういったわけで、国内は諜報部に任せ、私自身は国外へと出る決意をしていた。
そこで、真っ先に向かうことにしたのがカラット王国だった。
先日使者がやってきて伝えられたという、姫の縁談話。それに原因があると考えるのも自然の流れだろう。
サーヌ王妃から聞いた話によれば、急いで縁談を進めようとしている様子もあったらしいのだから、なおさらだ。
もっとも、外交問題に発展することを考えれば、カラット王国が本当に姫をさらった、などということはありえないと思うが。
それでも、手がかりがなにもない以上、少しでも関わりのありそうなカラット王国を調べてみるのは無駄ではないだろう。
姫が失踪した話は公にされていないのだから、本当のことを言うわけにもいかない。
かといって、王城に忍び込むなどという手段が取れるはずもない。
カラット王国はジュエリア王国と比べてずっと裕福な国だ。警備も厳重だろう。
ならば、どうするべきか……。
そこで私は、エリーが姫に成りすまして謁見しに来たことにしよう、と考えたのだ。
縁談相手となっているトパルズ王子に会いに来たと言えば、通してはもらえるに違いない。
エリーが危険にさらされるかもしれないが、ここはなんとしても手がかりを見つける必要がある。少しくらいの不満は我慢してもらうとしよう。
「う……うん、わかった。僕、頑張るよ……」
私の提案を受け、明らかに嫌そうな顔をしているエリーだったが、しぶしぶながらも承諾してくれた。
やがて、カラット王国の活気溢れる城下町と、その中央に位置する豪華絢爛な王城の姿が視界に迫ってきた。
陽はもうすっかり傾き、夕闇が私たちを包み込もうとするかのようにその両手を広げ始めていた。