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時刻はもう夕方過ぎになっていたため、出発は明朝ということになった。
エリーは珍しく、サーヌ王妃やディル王とともに夕飯を食べた。いつもはひとりで、もしくは私とふたりで食べていたのだが。
姫と王子が一緒にいるところを見られたら問題があるためだったが、やはり普段から寂しい思いをしていたのは確かなのだろう。
そこに、どういうわけだか私まで同席することになったのだが、エリーが頼んだのだろうと予想はついた。
夕食後は、いつもならエリーの勉強時間の後半戦という感じになるのだが、今日はさすがに勉強は無しだった。
いくら納得しているとはいっても、自分の子供が長い旅に出る前夜なのだ。あの王妃でも、エリーと一緒の時間を少しでも長く過ごしていたいと思ったに違いない。
エリーのほうも普段甘えられない分、サーヌ王妃とディル王に目いっぱい甘えているようだった。
こういうところを見ていると、まだまだ子供だなと思う。
明日から私は、そんなエリーとふたりで旅に出ることになる。
自分がしっかりとして、エリーを守っていく必要がある。それが騎士としての務めだ。
私は強く決意を固めていた。
存分に穏やかな時間を過ごしたのち。
エリーがパールやシストにも挨拶しておきたいと言い出したため、家族の団らんはここで終わりを告げた。
☆☆☆☆☆
パールとシストの姉妹を伴い、エリーと私は中庭までやってきた。
エリーの好きなこの庭とも、しばらくのお別れとなる。
そんな思いから、この場所で話したいとエリーが願ったのだ。
パールはエリーが実は王子で、姫ではないと知っているが、シストはそのことを知らない。
ふたり一緒に話す時間を持つというのは少々問題があるのかもしれない、とも思ったのだが、エリーが是非にと願えば私に止めるすべなどなかった。
この姉妹が仲よく語らう姿も目に焼きつけておきたいのだそうだ。ふたりが一緒にいるところを見たことはなくとも、シストから仲がよいことは聞いていたからだろう。
「パール、シスト。来てくれてありがとう。今日もお月様が綺麗だね」
空を見上げる。
澄んだ空気で雲ひとつない夜空に、大きな丸い月が浮かんでいた。
「エリー様、この時間では少々寒くありませんか?」
パールはそう言ってエリーに上着をかけてあげようとする。
その手をそっと押さえ、エリーは拒否の意思を示した。
「大丈夫だよ。これからは、そうも言っていられなくなるかもしれないしね」
受け取られなかった上着を自分の肩に戻しながら、パールはじっとエリーの顔を見据える。
その横では、シストも姉の手を握ったままエリーを見つめていた。
「私とルビアのふたりは、明日から旅に出るんだ」
シストがいる前では、エリーは自分のことを「私」と言う。自分の置かれている立場はしっかりと理解して、そうしているのだ。
エリーの言葉を聞いて、パールとシストは驚きの表情を浮かべた。
「え~~~っ!? どうして~? 旅って、どこまで行くの~? 私と遊べなくなっちゃうの~?」
シストが不満そうに質問攻めを開始する。
「ごめんね、シスト。私は修行の旅に出なければならないの。それが将来この国の王妃になる者の務めなんだ」
いきなり本当のことを言ってしまわないか不安だったが、いらぬ心配だったようだ。
とりあえず、ふたりきりにさせてやったほうがいいかな。私としても、パールと話しておきたいし。
私はパールを誘い、エリーとシストから少し距離を置いた。
「実は、姫がいなくなったのだ。現状では家出なのか誘拐なのかは判明していない。本来ならば影武者はエリーの務めなのだが、さっきも言ったとおり、私とともに旅に出ることになった。もちろん姫を探すためだ。これはシストにも内緒にしておいてほしい」
心配を軽減させるため、私は姫がさらわれたのだとは断言しなかった。
「迷惑をかけてすまないが、キミが姫の影武者として王妃のそばにいてやってくれ。王妃もすでにそれで納得している。あの方の言うとおりに行動しておけば問題はないだろう」
最初は驚いた様子だったが、姫がいなくなりエリー王子も旅立つのだから、自分がやらなくても身代わりは必要だと納得したのだろう。
パールは、わかりました、と笑顔で答えてくれた。
「でも旅なんて、危険なんじゃないの?」
「ああ、危ないこともあるかもしれないな」
ここで隠しても仕方がない。考えていることは正直に話しておいたほうがいいだろう。
「でも私は、エリーを守る。それが役目だ」
「まぁ、頼もしい。とても仲がよろしいですものね、おふたりは」
「エリーが小さい頃から、面倒を見てるしな」
優しげな笑みで私を見つめてくるパール。
雰囲気は少し違うものの、その長い栗色の髪の毛は確かに、エリー姫と、そしてエリー王子と似ている。そう思った。
「無事に……なるべく早く帰ることができるように、シストと一緒に祈ってますね」
「ああ。キミも、妹さんを大切にな」
パールは微笑みを深めて頷く。
さて、そろそろエリーたちのもとへ戻るとするか。
戻ってみると、エリーはシストに両手を握られ、絶対無事に帰ってきてねっ! と念を押されているところだった。
シストのあまりの勢いで顔が近づきすぎ、頬を赤らめているエリーが、私にはとても微笑ましく思えた。
☆☆☆☆☆
翌日の早朝、私とエリーは裏門からひっそりと旅立とうとしていた。
こんな早い時間だったが、パールとシストのふたりも見送りに来てくれていた。
他にはディル王だけがいて、サーヌ王妃の姿は見えなかった。
裏門の前には馬が一頭用意されていた。私たちはこれで旅立つ。
エリーは馬に乗れないため、私と一緒に乗ることになる。だから馬は一頭で充分なのだ。
そのエリーだが、早朝とはいえ見つかってしまうと問題があるだろうし早々に出発しよう、という段階になって、「ちょっと待って!」と言い出した。
そこへ王妃が急ぎ足でやってくる。
「お母様、遅い遅い!」
「すまないな。ほれ、持ってきたぞ、エリー」
王妃が持ってきたのは、ハサミだった。それをパールに手渡す。
「パール、お願い。僕の髪、邪魔だから、ばっさり切っちゃって」
「え~~~っ!?」
一番大声を上げて反発したのはシストだった。憧れていた長い髪を切っちゃうなんて、と不満顔だ。
だが、確かにそれはよい案かもしれない。
いくらなんでも姫とそっくりなエリーが人目に触れれば、騒がれたりする可能性もあるだろう。
フードつきのローブを用意してはあるが、いつでもフードを深々とかぶっていては、逆に怪しまれるに違いない。
「わかりました。でも……本当にいいのですか?」
「うん!」
そしてエリーの髪は、パールの華麗なハサミさばきによって、ざっくりと切られた。
さすがに適当に切ってしまうわけにもいかないため、ある程度時間をかけることにはなったのだが。
……それならそれで、もっと早くに言っておけばよかっただろうに。
「だって、朝起きてから思いついたんだもん。しょうがないじゃん!」
憮然とした表情で文句をぶつけてくるエリーは、すでにショートカットになっていた。
短い髪になっても、エリーは可愛かった。
王子だというのに、こんな感じでいいのだろうか、そう不安に思ってしまうほどに。
「エリーちゃん、カッコいい!」
シストの素直な感想に、エリーは無邪気にVサインを出して照れ笑いを浮かべている。
「あまりのんびりとしているわけにもいかないだろう。……名残惜しいが、そろそろ出発しなされ」
そう促すディル王も、エリー王子の姿に目を奪われていたうちのひとりのようだった。
「それでは、行って参ります!」
エリーのかけ声を合図に、私は馬を走らせた。
こうして、私とエリーの長い旅が始まったのだった――。