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「おい、エリー! そんなことを言って、王妃様を困らせてはダメだろう!」
王妃の前だというのに、思わず大声で怒鳴りつけてしまった。はっとして、すぐ王妃に謝罪する。
「失礼致しました。しかし、王子の申し出を認めるわけにはいかないと、私はそう考えます。姫の影武者としての役目もありますし、それに王妃様においても、姫と王子のふたりとも城からいなくなってしまうというのは、心情的に穏やかではいられないと、失礼ながらお察し致します」
なるべく丁寧な口調で意見を述べる。
仮に無礼な言葉遣いをしてしまったとしても、この王妃は大して気にもせずに受け答えてくれるのだが。
だからといって、礼を欠くわけにはいかないだろう。
「お母様……」
寂しげな表情で手のひらを顔の前に組み、エリーは懇願する。
エリーの気持ちもわからないわけではない。
大好きなお姉様が、何者かにさらわれてしまったらしいという現状。そんな中、一番近くにいる時間の長かった私までもが城を離れてしまうのは、相当に不安なはずだ。
とはいえ、今回ばかりはエリーのわがままを許すわけにはいかない。サーヌ王妃だってそう考えるはずだ。
私はそう信じて疑わなかったのだが……。
「エリー。あなたは自分の立場がわかっていますか?」
「はい……。でも、僕はお姉様のことが心配なんです。城でただじっと待っているなんて、ましてやそんな状況でルビアもそばにいてくれないなんて、僕には耐えられません!」
エリーは長い綺麗な髪を振り乱して力説する。
「お姉様は、僕が見つけて連れ帰ります!」
エリーの意思は固かった。
その瞳に込められた力強さは、今まで見てきた中で最高の輝きを放っていた。
私は正直、そこまでエリーが必死になるのを想像できなかった。だから、とても驚いていた。
いつまでも子供で甘ったれで、世間知らずなお坊ちゃまなエリー。
そう考えていたのに、ここまでしっかりとした強い心を持っているなんて。
「姫の影武者は、どうするのだ?」
ぽつりと、ディル王が問う。
確かにそうだ。
姫がいないことを誰にも知られてはいけない。そのためには、姫とそっくりな影武者でる王子が必要だろう。
「それは……」
エリーは口ごもり、なにも言えなくなってしまう。
そんな彼に助け船を出したのは、意外にもサーヌ王妃だった。
「パールに任せてもよいかもしれぬな。あの者も長く綺麗な栗色の髪をしておる。遠目からならば、姫の服を着ておれば気づかれないであろう。しばらくは公用の行事などもない時期じゃ。どうにかなるかもしれぬな」
エリーの表情が、ぱっと明るくなる。
驚いたのは、私と、そしてディル王だった。
「お……おい、お前。それでは、エリーをルビア一緒に行かせるというのか……?」
「そういうことになるの」
涼しげな顔で答えるサーヌ王妃に、ありがとう、お母様! とエリーが飛びついた。
「ですが、王妃。危険な旅になるかもしれないのですよ!?」
すかさず進言するも、王妃はとくに怯む様子もなく、さらっと答えを返してきた。
「わらわも昔、武者修行と称して旅に出ておった。代々ジュエリア王家の女性は旅に出るのが通例じゃ。まぁ、エリーは王子ではあるが、それはこの際、あまり関係なかろう。世間を見てくるのも、立派な王族としての勤めと言えるのじゃ」
こんなことまで言い出す始末。きっかけとしては、丁度よいじゃろう、と。
「しかし、やはり危険だしだな……」
ディル王はまだ納得していない様子だったが、
「決まりじゃ!」
王妃のそのひと言で一蹴されてしまった。
こういうところを見ると、やはりこの国は女性優位社会なのだと痛感してしまう。
……いや、ただ単にディル王の気が弱いだけ、という気もするが。
「ルビア。そういうわけじゃから、エリーのことをよろしく頼むぞ。確かに危険はあるじゃろう。しかし、お主とふたりで協力し助け合い、より大きくなって戻ってくるのじゃ。これはエリーの成長のためだけではなく、お主にとっても重要なことなのだぞ? 騎士団としての使命を離れ、エリー専属のパートナーとして旅立つのじゃ!」
そうだ、それを聞いて思い出した。
私が旅立つとしたら、そのあいだ、騎士団はどうするつもりだろう?
考えていたことを口にすると、それについても簡潔に返答が得られた。
「それはどうとでもなるじゃろう。第三騎士団の中でも、有能な者は幾人か目星をつけておる。無論、お主が不適任だというわけではないぞ。それよりも重要な任務に就く、ということなのじゃからな」
「……はい、わかりました」
エリーが王妃のそばから私の横に駆け寄り、嬉々とした表情で腕にすがりついてくる。
そして私を見上げると、キラキラした瞳を向けながらこう言った。
「ルビア、これからも一緒によろしくね! 絶対にお姉様を探し出そう!」
決意に燃えたエリーの顔を見ていると、私もともに頑張らなければ、という思いにさせられるのだった。