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姫王子が往く!  作者: 沙φ亜竜
チャプター1 姫と王子と旅立ちと
4/39

-4-

 今日は暖かいな。

 初春にしては明るい日差しを身に受けながら、私は中庭を臨む通路をゆっくりと歩いていた。

 エリーの好きな中庭には、まだ寒い時期からでも色とりどりの花を咲かせる植物がたくさん植えられている。

 この先、さらに多くの花が咲き乱れ、心安らぐよい香りに包まれることになるだろう。花になるのを待ちわびるつぼみたちが、そこかしこで顔を出し始めていた。


 私は今、謁見の間へと向かっている。

 サーヌ王妃とディル王は、普段はいつも謁見の間にいる。公務に出かける場合や食事の時間を除けば、ほぼそこにいると思って間違いないだろう。

 広い謁見の間の奥に並べられた豪華な椅子、そこがふたりのいつもの居場所だ。


 謁見する者がいれば部屋には衛兵たちが持ち場に着き、その様子を見ているわけだが、そうでない場合には全員を部屋の外まで下がらせ、ふたりの時間を楽しんでいるらしい。

 おそらくは王妃が喋り、それを王が頷きながらひたすら聞き続ける、といった感じなのだろう。普段のふたりからは、それしか想像がつかなかった。

 もっとも、ふたりきりになるとどんな感じなのかは、私にはわからないのだが。


「ルビア、ご苦労であった。いつもながら、よく王子の面倒を見てくれて、わらわはとても嬉しいぞよ。これからもその調子で、よろしく頼むぞ」


 私は毎朝、エリー王子の勉強についての報告をしている。

 この朝の報告会では、見守る衛兵などはいない。いつも、サーヌ王妃とディル王と、そして私の三人だけだった。

 とくに報告する事項があるわけではないのだが、それでも毎日欠かさず続けている。それが日課というものだ。

 私が元気に毎朝姿を見せること自体も、王妃は喜んでくれているように思えた。


 それにしても、サーヌ王妃は、公務のときの話し方と普段の話し方にギャップがありすぎる。自分のことを、普段は「わらわ」と言うのに対し、公務のときは「私」と言っているし……。

 おそらく大勢の国民の前で砕けた喋りはできないと考え、使い分けているのだろう。

 おしとやかな王妃様を演じているつもりなのだとは思うが、実際のところ国民のほとんどが、王妃の本質を見抜いているはずだった。


「そうそう。今日は隣のカラット王国から使者が来る予定になっていての。少々込み入った話をすることになりそうなのじゃ。エリー姫にも関係のある話になるであろう。もしかすると、そなたにも迷惑がかかるかもしれぬ」


 報告を終えて下がろうとする私に、サーヌ王妃はそう告げた。

 エリー姫に関わる話で、私にも迷惑がかかるかもしれない。ということは、エリー王子のほうにも関わってくる話なのだろう。


「今はまだ詳細を話せぬが、心しておいてもらえると、よいかもしれんの」

「わかりました」


 とりあえず、そう答えておく。

 もちろん、どういうことなのかは全然わかっていない。しかし、たとえなにかあったとしてもどうにか対処し、そしてエリー王子の身にも関わる事態になるならば全力を挙げて守る。そう誓いを込めての答えだ。

 サーヌ王妃も、いつもすまないな、と優しい笑顔を向けてくれる。その笑顔に見送られながら私は謁見の間を出た。


 それからしばらくののち。

 昼過ぎ頃には、王妃の言っていたカラット王国からの使者の一団が到着した。

 私は城門を通って馬車が入ってくるのを窓から眺めていた。ここは私の部屋だ。


 近衛騎士団の兵士には、それぞれ部隊ごとに宿舎があり、そこで寝泊りできるようになっている。

 宿舎といっても城内にある部屋で、それなりの広さがある。暖炉なども完備されており、それほど居心地が悪い場所というわけでもない。

 とはいえ、自宅に戻ることが許されているため、夜の宿舎にいる者は少ない。

 宿舎には様々な武具なども置かれていて、雑多な印象は否めない。少々ホコリっぽさも気なる。

 人それぞれだとは思うが、そんな中で寝るのはあまり好まないのが普通だろう。


 ただ宿舎とは別に、部隊長には私室が与えられている。今、私がいるのも、そうやって割り当てられた部屋だ。

 その代わり、基本的にはいつでも城内に待機することが望まれている。

 王妃はそれを強要してなどいないのだが、私としてはなるべくこの部屋で過ごすようにしていた。独身の私には扶養する家族もいないのだから。


 私の両親は今も健在で、城下町にある簡素な家で暮らしている。仲むつまじい両親は、ひとりっ子である私がいないことを寂しく思ってはいるだろうが、それを口に出したりは決してしなかった。

 私の母は長年侍女としてサーヌ王妃に仕えていた。そのため、王妃への恩もあり、また城内のことや近衛騎士隊長としての役割などにも理解があるのだろう。

 まさかあんたが隊長にまでなるなんて、そう驚いてはいたが、それを誇らしく思ってくれているのは確かだった。


 私は本に目を通す。今日、エリー王子に教える勉強の範囲を確認し、理解しておくためだ。

 内容としては、まだ初歩的な部分を教えているにすぎないのだが、それでも教える側の人間にとっても基礎を再確認することはプラスになるものだ。

 それに、相手にするのが、あの好奇心旺盛なエリー王子なのだ。興味を持ち始めると事細かに質問攻めをしてくる、その猛攻に耐えてしっかり教えてやらなければ、という責任もあった。


 責任……だけではないな。

 エリーにいろいろと教えること自体に満足感があり、私はそれを楽しく思っているのだ。

 まぁ、あの気まぐれな王子だから、乗り気じゃないときはどんなに頑張っても聞こうとはしないのだが。


 さて、今日はどんな反応を示してくれるだろうか。

 そんなことを考えながら、私はエリーの待つ部屋へ――あの重厚な扉で閉ざされた部屋へと足を向けた。



 ☆☆☆☆☆



 今日のエリーは、おりこうさんモードだった。自分から進んで、今日はここを教えて、などと次々せがんでくる。

 物事を教えるというのは大変なことではあったが、やはりこういう積極的な生徒だと教える身としても充実感がある。


「ふ~。頑張って勉強するのも悪くないけど、ちょっと疲れたなぁ」


 そう言いながらも元気な笑顔を見せるエリー。

 しかし、少々不自然に明るく振舞っているように思えた。


「あれ? そっかぁ。やっぱり、ルビアにはわかるんだね。さすがだなぁ」


 休憩用のお菓子を頬張りながら、エリーはつぶやいた。

 いつもなら、お菓子類を運んできたパールにいろいろと話しかけ、いつまでも一緒の時間を持ちたがるのだが、今日はそれすらもなかった。

 もちろん、いつものようにお菓子は美味しそうに食べている。それでも、ふと考え事をしている時間が多く、気になっていたのだ。


「ほら、ルビアも知ってると思うけど、さっき隣の国の使者が来てたじゃない?」


 今日パールが用意してくれたのは、芋をクリーム状にして固めたお菓子だった。綺麗にひと口かふた口かで食べられるくらいの、適度なサイズの直方体に切り揃えられている。

 いつものエリーなら確実にひと口でぺろりとたいらげるだろう。

 それなのに、半分かじりかけのそのお菓子を皿の上に置いて、浮かない表情を見せながらエリーは口を開く。


「実はあれね、お姉様への縁談話だったんだ」


 なるほどな。そう思った。

 王族の間で権力保持のために結婚させる、というのはよくある話だろう。政略結婚というやつだ。


 隣国のカラット王国といえば、我がジュエリア王国とは比べ物にならないくらいの資源を国土に持ち、とても裕福な国だと聞いている。

 国王も有能な人で、人望も厚いと言われているのだが、王妃が甘いともっぱらの噂だ。

 その美貌は今世紀最大とまで言われるほどだが、ひとり息子にかける愛情には常軌を逸したものがあるのだとか。


 女性優位なジュエリア王国とは違って、権力が国王のほうにあるのは確かだが、やはり女性はいろいろな意味で強いということなのだろう。

 育児に関しては国王の意見はまったく通らず、王妃の成すがまま。

 ひたすら甘やかされて育ったトパルゼリアーノ王子――通称トパルズ王子は、それはそれは甘ったれた自分勝手な性格になってしまったのだそうだ。


 そして、王子はひとりっ子だという話だから、エメラリーフ姫の縁談相手というのは、そのトパルズ王子で間違いないということになる。

 大好きなお姉様がそんな奴のところに嫁がなければならないなどという事態になったら、はたしてこの心優しい王子はどう思うか。

 それは改めて言うまでもないだろう。


「まぁ、そういった話を持ちかけてきたってだけだろう? サーヌ王妃も隣国の王子については聞き及んでいるはずだし、普通に考えれば縁談話を素直に受けるとは思えないが」

「うん、そうなんだけどね。お母様だって、お姉様が嫌がるような結婚を無理強いさせるなんてことはしないと思うけど……。でもほら、カラット王国ってお金持ちだし、うちの国は財政が厳しいとかよく言ってるしさ。国民のためにって話になったら、ひとりだけの犠牲で済むのなら……なんてことにならないとも限らないんじゃない?」


 エリーは目に涙を浮かべながら、私の両腕をつかんで訴えかけてくる。

 そんなに顔を近づけてツバを飛ばしながら力説しなくてもいいのに、と思わなくもなかったが、エリーの気持ちもよくわかる。

 本当にエメラリーフ姫のことが心配なのだ。まるで、姫の身に起きる嫌なことは自分の身に起きるのと同じ、とまで思っているかのように。

 このエリー王子は、そういう子なのだ。


「大丈夫だ。サーヌ王妃だってわかってるさ。そこまで思っているエリーがここにいるんだってこともな。ありえないとは思うが、もし仮に縁談話が進むようだったら、私だって反対するから」


 そう言って、涙の粒がこぼれ始めていたエリーの頭を撫でてやる。

 ひっくひっくと泣いているエリーは、そっと私に身を預けてきた。

 私はエリーが泣き止むまでの間、なにも言わずにただただその温もり受け止めていた。


 ――しかし、結局あんなことになってしまうとは、このときは思ってもいなかった。


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