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いつもどおり、エリーは中庭に向かったようだ。
私が朝起きると、部屋には書置きがあった。
『先に中庭に行ってるね!』
自分が行ったら私も行くと思い込んでいることに眉をしかめる。
しかしまぁ、結局行くことになるのだが……。
まだ朝も早い時間だった。部屋の中では問題ないが、少々肌寒い風が吹いている可能性もある。
エリーの衣装棚を見てみると、上着は持っていかなかったようだ。
着替えを終えた私は、エリーの衣装棚からも薄手の上着を一枚取り出し、中庭へと向かった。
☆☆☆☆☆
ふと、前方から歩いてくる影に気づく。
「やぁ、ルビアではないですか。仲むつまじい夫婦と評判のようですな。ふっふっふ。姫君のこと、くれぐれも大切になさってくださいよ?」
それはクリストだった。
こいつ……。
クリストはエリーが男だと知っている。男同士での結婚だとわかっていながら、こんなことを言ってくるのだ。
相変わらず、嫌な奴め。
とはいえ、その秘密を口外したりはしない。そういった部分では絶大な信頼を置けると言っても過言ではないだろう。
不快な言い方をする奴ではあるが、心の底から嫌いにもなれない、そんな感じだ。
クリストは先の一件のあとも、第二近衛騎士団の隊長として、それまで以上に活躍している。
もっとも、とても平和なジュエリア王国においては、騎士団の出番もそれほど多いわけではないのだが。
それでも油断してはいけない。そう主張し、夜の見回りを始めているのだとか。
なにかあってからでは遅いのだ。私たちは市民を守るために全身全霊をかけて務めなければならない。
そんなクリストの主義のもと、意欲的に活動する第二騎士団を、市民も心強く思っているようだった。
「ああ。エリーは私が守る。お前も市民を守る役目、頑張れよ」
「……もちろんです」
ふっ……。
軽く微笑みを残し、クリストは去っていった。
おっと、しまった。ゆっくりしすぎたか……。
☆☆☆☆☆
「ルビアって、いっつも遅いんだもんなぁ~」
案の定、私が中庭に着くなりエリーは不満の声を漏らす。
あまりにいつもどおりで、思わず笑いが込み上げてきた。
「むっ! なにがおかしいのさ?」
「いや、エリーは相変わらずだなぁ、ってな」
「むむむっ! それって、バカにしてる!? してるよね!?」
ポカポカポカと殴ってくるエリー。
当然ながら、さほど痛くなんてないのだが。
「ふぅ~……」
気が済んだのか、エリーは腰を下ろし草花を愛で始める。
朝の澄んだ空気が、中庭を通り過ぎていった。
ぶるる。
軽く震えていたエリーに、そっと上着をかけてやる。
「あ……。ありがとう、ルビア」
「まったく、お前は私がいないとダメだな」
「え~? そんなことないよ~! 僕は一人前だもん!」
「一人前だったら、サーヌ王妃にちゃんと認めてもらえるはずだが」
「むぅ。お母様は意地悪してるだけだもん」
むくれるエリーの頭を、ポンポンと叩く。
「む~、子供扱いするな!」
そう言いながらも、横に座る私に体重を預けてくる。
目をつぶって草花の匂いを感じ、中庭の清々しい空気に身を委ねているようだ。
いつもこうやって、静かにしていてくれるとありがたいのだが……。
そんなふうに考えていると、エリーが突然口を開いた。
「あ~~~~っ! やっぱりまた、冒険の旅に出たいよぉ~~~~~!」
いつものわがままが始まってしまった。
「ダメだ!」
「いいじゃん~!」
「ダメったらダメだ!」
「ケチ!」
「なんと言われてもダメだ!」
「スケベ!」
「それは関係ないだろう!」
「……否定しないし」
「あのなぁ!」
子供のような言い合い。それはそれで、私も楽しんでいるわけだが。
「ま、子供じゃないんだから、しっかり身分をわきまえるんだ」
いつまでも言い合っていても仕方がない。
大人な私は、こうして話を締めくくった、つもりだった。
「身分をわきまえて……。身分……。王妃であるお母様を見習って……。武者修行! やっぱり旅に出ないと!」
わけのわからない論法で、エリーは話を蒸し返す。
「ダメだ!」
「いいじゃんかよぉ~!」
「ダメなもんはダメだ!」
「ドケチ~!」
「ドをつけたってダメだ!」
「ドスケベ!」
「だから、関係ないだろう!」
「否定してよ!」
「ダメだ!」
「ドスケベだって認めた!」
「……おいっ! だいたい男のお前にそんなことを言われたくないぞ!?」
「今の僕は姫だもん!」
エンドレスな子供じみた言い合いの声がこの中庭に響くのも、ごくありふれた日常だった。
そろそろ日差しも暖かくなりかけてきた。
今日もいい天気だ。
騒がしくも仲むつまじい私たちふたりの頭上には、澄みきった綺麗な青空がどこまでも果てることなく続いていた――。
以上で終了です。お疲れ様でした。
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