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旅に出る前までの日課だったエリーの勉強のため、私はあの大扉の部屋へと訪れた。
と、突然エリーが飛び出してくる。
「ルビア! 大変! 僕、結婚するんだって! 町でも噂になってるんだって!」
「なにっ!?」
結婚……まさか、トパルズとの縁談話が進んだとでも言うのか!?
混乱していた私は、トパルズとエリーの両方とも男だということを完全に失念していたわけだが。
「そうじゃなくて、その……」
なぜか赤くなっているエリー。
「どうしたというんだ? というか、町の噂をどうしてエリーが知っているんだ? まさかまた、城を抜け出してたんじゃないだろうな!?」
「そ……そんなことより! とにかく、お母様のところへ!」
私の手を強引に引っ張り、エリーは謁見の間へと駆け込んだ。
☆☆☆☆☆
「ああ、その噂なら、わらわが流したのじゃ」
「はぁ!?」
私は耳を疑った。
王妃自らが、どうしてそんな噂を流す必要があるというのだろう?
「先日の一件で、エリー姫がさらわれたとか、公開処刑が行われたとか、噂が広まってしまってな。まぁ、半分事実のようなものじゃが、放っておくわけにもいかぬ。とはいえ、今さら嘘だったと言っても納得はされないじゃろう。ならば、もっと大きくめでたい話題を提供し、それまでの噂をかき消してしまおうというわけじゃ」
「し……しかし! いくらなんでもトパルズと結婚させるなんて、そんなこと……!」
私の叫びに、サーヌ王妃は目を丸くする。
「誰がトパルズと結婚させるなどと言った?」
そして続けられた言葉は、それ以上に驚くべきことだった。
「お主が結婚するのじゃ」
「…………は?」
「だから、お主が、エリーと、結婚、するのじゃ!」
私は自分の耳を疑った。
私が……エリーと結婚!?
「な……なにを言ってるんですか? エリーも私も、男なんですよ!?」
「……相手がトパルズだったとしても男同士じゃろうが。ともかく、エリーは市民には姫として紹介しておる。姫と元近衛騎士隊長の結婚。国民も祝福してくれるじゃろうて」
イタズラっぽい笑みを浮かべた王妃が、そんなことを言い放つ。
「エリーが一人前になったら、実は男だったと言っても認めてもらえるじゃろう。しかし今のエリーではまだまだじゃ。わらわが認めるまで、エリーは姫として、ルビアはその夫として生活してもらうぞよ」
「そ……そんな状態では、いつ認めてもらえるのかわかりません。エリーのことだ、一生一人前になれないかもしれないわけですし!」
「うわ、ルビア、ひっどぉ~い!」
不満の声を上げるエリーはとりあえず無視して、王妃に詰め寄る。
「まぁ、そうじゃのお。その場合は諦めて一生夫婦として暮らせばよい」
「ですが、それでは世継ぎの問題なども……」
男同士では子供を産めるわけがない。
養子という手もあるだろうが、頭に血が上った私は冷静な判断を失っていた。
しかし、いくらなんでも私とエリーを結婚させるなどと言い出すとは。
冷静な判断を失っているのは、王妃のほうなのではないだろうか。
……いや、この王妃の場合、最初から正常な判断など持ち合わせていないのかもしれないが。
「安心せい。そのあたりは考慮してある。入って参れ」
「はい」
サーヌ王妃の声に促さて謁見の間に入ってきたのは、パールとシストだった。
「もしもエリーが一人前になれなかったら、表向きはルビアと夫婦という状態で、側室としてシストを迎えればよいのじゃ」
とんでもないことを言い出す。
この国では重婚や側室は昔から禁止されていたはずだ。それを自らの手で崩そうというのか。
「状況を考えれば、仕方がないじゃろう。それに、その場合エリーはまだ姫ということになっておるのじゃから、女性同士、とくに問題はないと思うが?」
あっさりとそう言ってのけるサーヌ王妃。
仮に女性同士だったとしても、はたして問題がないと言えるのだろうか?
「……シストは、それでいいのか?」
「私は構いません」
ほのかに頬を染めながら、シストもきっぱりと答えた。
「ルビアのことも考えておるぞ。表向きはエリーの夫のまま、王城内だけの秘密ということで、パールを妻として迎えればよい」
「そ……そんなこと……! パール、キミはそれでいいのか!?」
「はい、納得しているからこそ、今ここに来ているのです」
パールもシスト同様、頬を赤く染めてうつむきながらも、はっきりと答える。
「ほっほっほ、そういうわけじゃ、ルビア! 諦めよ!」
サーヌ王妃はなにやら楽しそうに高らかな笑い声を響かせる。
すぐ横にはディル王も控えてはいたのだが、苦笑いを浮かべているだけだった。止める気配はまったくない。
先日の一件で立場がさらに弱くなり、サーヌ王妃にはもう永久に頭が上がらない状態なのかもしれない。
……この王妃、絶対に面白がってやってるな……。
そうは思ったのだが。私がどうあがいたところで、抵抗などできるはずもなかった。
☆☆☆☆☆
「本日は、お集まりいただきありがとうございます。私の娘も、いつの間にここまで大きくなったのか。このような素晴らしい青空のもと、新たな生活への旅立ちを迎える娘を、国民の皆様からも心から応援してあげてください」
ワァァァァァァァァァ!!
歓声が響き渡る。
あれよあれよという間に準備は進み、今日は結婚の式典が催されていた。
タキシードに身を包む私は、「舞い句」を使って観衆たちを盛り上げているサーヌ王妃の横で、ただただ立ち尽くしていた。
と、歓声が数倍にも膨れ上がる。
テラスの奥から、ウェディングドレスに身を包んだエリーが、ゆったりとした動作で姿を現したのだ。
軽く頬を染め、ほのかに微笑みを携えながら、一歩一歩テラスの中央へと身を進める。
「エリー姫、お美しい!」
観衆の声が聞こえてくる。
確かにエリーは美しかった。
……って、こいつは男なんだぞ!
とはいえ、それを忘れてしまうほどの美しさに、私ですらも引き込まれてしまいそうだった。
「それでは永遠の愛を誓う式典を、皆様どうかお静かに見守ってください」
王妃が観衆に宣言すると、ざわついていた歓声はすぐに薄れ、しんと静まり返った。
皆がテラスの上のふたり――すなわちエリーと私に注目していた。
そんな中、王妃の声が響く。
「では……誓いの口づけを……」
――なっ!? そんなこと、聞いてないぞ!?
「結婚の式典で、誓いの儀式として口づけをするのは、昔からのしきたりだよ。ルビアだって知ってたでしょ?」
「そりゃあ、知ってはいたが、しかし……」
「ルビアは、イヤ?」
エリーはうるうるした瞳で私を見つめながら、しおらしくそんなことを問う。
「……べ、べつにイヤってわけじゃ……」
「よかった!」
頬を赤く染め、満面の笑みを浮かべたエリーの瞳がそっと閉じた。
その可愛らしい顔が、ゆっくりと近づいてくる。
そして――。