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ジュエリア王国の王城、その謁見の間に、私たちは迎えられていた。
サーヌ王妃を中心に、向かって左手にディル王、右手にエリーと王妃を挟む形で陣取り、王族の面々が椅子に座って私たちの前に並んでいる。
片膝をついた姿勢の私とクリストが正面に、その左右にパールとシストがそれぞれ立ったまま控えていた。
「さて……。早速じゃが、この度の件、ご苦労であった」
サーヌ王妃が語り始める。
結局あのあと、馬車で祖国へと戻ってくるまで、詳しい事情は語られなかった。
ディル王とサーヌ王妃、そしてエリーの三人が同じ馬車、残りの四人がもう一台の馬車に乗っていたから、というのもあるのだが。
ちなみに、王族全員が城を不在にしている状況だったわけだが、そのあいだ、近衛騎士団第一部隊の隊長であるペリドットが留守を任されていたらしい。
王妃の気まぐれは日常茶飯事とはいえ、ペリドットにとっては災難だったのではないだろうか。
もちろん、それだけ信頼されているとも言えるのだが。
ともかく、二日と半日程度の馬車旅を経て、城に着いた私たちはゆっくり休む間もなく、この謁見の間へと召集されていた。
「まずは、不測の事態が起こったことを詫びねばなるまい。わらわも、魔族がしゃしゃり出てくるなどとは思っておらなんだ。まったく、わらわに敵わないからといって、エリーを狙うとはの」
サーヌ王妃は王位に就く前、武者修行と称して諸国を旅して回っていたらしい。
その頃、ブリリアント帝国付近に立ち寄った際に、カーネリアンと名乗る魔族が目の前に立ちはだかった。それを、素手で蹴散らし、土の中へ沈めたのだという。
まだ完全に力を取り戻していなかったのじゃろう。
そう王妃は言ったが、それでも魔族を素手で倒すなどとは、改めて恐ろしい人だと再認識せざるを得なかった。
「よくぞ事態を鎮めてくれた。エリー自身も頑張ったとは思うが、周りの皆の協力あればこそじゃろう。礼を言うぞよ」
王妃の言葉に、エリーも微かな笑みを浮かべながら、満足そうに頷いていた。
「ルビアもよくエリーを守りながら旅を続けてくれた。お主にはこれからも、この国のために尽力してもらいたいと思っておる」
「もったいなきお言葉、ありがとうございます」
私は恭しく頭を下げる。
「そして、クリスト。兄の献身があったとはいえ、お主の活躍も見事であった。クリストもこれまでどおり、近衛騎士隊長として我が国に力を貸してほしい」
「はっ。ありがたくお受け申し上げます」
クリストも深々と頭を下げ、王妃の言葉を素直に受け止めていた。
「エリーはもう一歩のところで、力が及ばなかった部分もあるようじゃの。まだまだ半人前というところか。少しでも成長すれば、という旅の目的としては達成したと言えるがの」
「お母様……。手厳しい評価です」
「身内には厳しいのが普通であろう。民の手本にならねばならぬ王族という身分も考えれば、なおさらじゃ」
「はい」
しゅんとした表情でうつむくエリー。
「……あの、サーヌ王妃。それはいったい、どういうことでしょうか?」
私は失礼かとは思いながらも、どうしても訊かずにはいられなかった。
旅の目的は、さらわれたエメラリーフ姫を探すことだったはずだ。
いまだ本物の姫は見つかっていないのに、旅の目的が果たされたというのは、いったい……。
その問いに、エリーが口を開く。
「あのね。実は……エメラリーフ姫は僕なんだ」
凛とした声で、エリーは言い放った。
「最初から、姫なんていなかったの。女性優位な国、それなのに生まれてきたのは男である僕だった。許されないことってわけじゃないけど、世の中の流れからしても、女性の世継ぎでなければならなかった。だから僕は姫のフリをしていたんだ。成人の式典で国民の前に姿を見せたのも僕だったんだよ」
姫は存在しなかった。
体の弱い姫の代わりに影武者になっていたのではなく、エリー自身がエメラリーフ姫だった。
そうやって育てられたのだという。
「でも僕は男だから、女性だとごまかし通すことはできない。そう考えたお母様は、双子の弟がいるという嘘の話を作り上げたの。それが、もうひとりの僕。ルビアに教育係をしてもらって、パールにもお世話になった、僕なんだ。……騙していて、ごめんなさい」
エリーは少し寂しそうに目を伏せる。
私は驚きで思わず口を大きく開けてしまっていたことに気づく。
ともあれ、私とパールは影武者の王子であるエリーの存在を知っていたから、まだ簡単に理解できたほうなのかもしれない。
クリストやシストにとっては、男である影武者のエリーという存在すら知らなかったはずなのだから、さぞや混乱しているに違いない。
そう思ったのだが、ふたりとも、不思議とそれほど驚いた様子はなかった。
「なんとなく、感じてはいたからな」
とはクリストのセリフだ。
「エリー姫が男の子で王子様で、そんでお姫様でエリーちゃんで……?」
シストのほうは単純に、まだ上手く理解できていないだけのようだったが。
「……な、なんだと……!? そうだったのか……!?」
そしてこの場で一番大きな驚きの声を上げていたのは、なんとディル王だった。
「姫であるエメラリーフがいないなんて、わしは全然知らなかったぞ!?」
驚愕の表情をあらわにしながら、涼しい顔で隣に座っているサーヌ王妃に不満の声を投げかける。
「お父様……ごめんなさい」
素直に謝るエリーに対し、サーヌ王妃のほうは、
「ほっほっほ。敵を欺くにはまず味方からと言うじゃろう?」
と事もなげに答えるだけだった。
王子がいることはディル王もわかっていたわけだから、つまりは私と同じように騙されていたということになる。
自分の夫まで騙し通していたとは……。やはりこの王妃は、とんでもないお人だ。
う~む、女性優位社会、か……。
この夫婦を見る限り、完全にその風潮は確立されている。そう考えるしかなさそうだ。
☆☆☆☆☆
謁見の間で語られた内容は、口外しないことを約束させられた。
まだまだ一人前とは言えないエリーは、しばらくは今まで同様、姫のフリをして生活していくのだという。
影武者としての王子の存在は、教育係の私や世話係のパールにも嘘だとわかってしまったため、いざというとき以外は必要ないと考えられた。
とはいえ、エリーと接する機会の多かった私とパール、そしてシストには、今までどおりエリーのそばで、教育や世話をしながら、遊び相手になりつつ、王族として成長する手助けをするように申しつかっていた。
そんなわけで、結局、旅に出る前とあまり変わらない生活が再開されることになった。
王子が存在を知られないように幽閉されていると思っていた、重い扉のあるあの部屋も、もともと王族の命を狙う刺客から身を守るために作られた場所だったらしい。
「僕はここでずっと生活してきたんだもん、これからもずっとこの部屋で暮らすよ!」
エリーは元気いっぱいの声を響かせながら、笑顔をこぼしていた。
それから数日後には、ブリリアント帝国のもとへ、サーヌ王妃自らが事情を説明するという名目で赴いた。
その場には、私はもとより、ディル王やエリー本人すらも呼ばれなかった。身を守る衛兵たちを幾人か連れていっただけだ。
事情を説明すると言ってはいたが、王妃は適当な話をしてごまかしてしまうつもりなのだろう。私はそう確信していた。
エリーが姫のフリをしているというのは、今後も秘密にしなければならないだろう。
しかしディル王と私は、エリーが王子だということを黒曜帝に話してしまった。それはサーヌ王妃に報告済みではあるが、いったいどうやってごまかすつもりなのか……。
もっともあの王妃なら、それくらい舌先三寸でどうとでも言いくるめられそうだが。
そんなサーヌ王妃に統治されているこの国の未来は、いったいどこへ向かうのやら。
私は――深く考えないことにした。