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それから少し経つと、広場には多くの人が集まってきた。
異変を察知した者が連絡したのだろう、救急隊が駆けつけてくれたようだ。
猫目姫、パール、ディル王、そして黒曜帝と琥珀妃は、衝撃を受けた影響で一時的に気を失っていた程度で、大きな怪我はなかった。
エリーもかなり消耗してはいたが、やはりこれといった外傷はなさそうだ。少し休めば問題なく元気になるだろう。
私自身も、どうやら骨に異常はなく、軽い捻挫はあったものの、大したダメージではなかった。
クリストも、心の傷という点では大きいかもしれないが、目に見えるような傷はほとんどない。
しかし、クリストの実の兄であるアレックスだけは違っていた。
深々と剣で貫かれ、素人目に見ても、助かる見込みがあるとは思えなかった。
「僕のせいで……、僕の力が足りなかったせいで、アレックスさんが犠牲に……」
エリーが悔し涙を流す。
その頭を優しく撫でたのは、私ではなくクリストだった。
「犠牲なんて、とんでもない。兄は望んで、自分のすべきことを成し遂げただけです。自らの身に代えてでも人々を守る、それが軍人としての務め。兄は立派にその役目を果たしたのです」
クリストは微かに瞳を潤ませながらも、自分自身に言い聞かせるかのようにそう語った。
☆☆☆☆☆
ある程度の落ち着きを取り戻した頃には、応急処置なども済み、私たちは普通に会話できるくらいにまで回復していた。
「わしとクリストは、極秘裏にこの国にやってきた。アレックスからの申し出を受けてな。ブリリアント帝国がエリー姫をさらったという噂が流れていると聞き、わしは居ても立ってもいられず、自分でも行動を開始したのだ」
ディル王が淡々とした声を響かせる。
初めは諜報部隊を派遣して情報を得るに留めていたが、やがてアレックスから提案が持ちかけられた。
そして、クリストの実の兄ということから信用し、ともにこの国へとやってきた。
その際、ある程度の作戦は聞いていたため、ぱっと見では姫の影武者としても申し分ないパールも、一緒に連れてくることにしたのだという。
ブリリアント帝国に入ってからは、基本的にスノーフレークの施設内で、あまり出歩いたりはせずに過ごしていた。
ただクリストのほうは、アレックスとの情報交換のためにたびたび施設外に出ていたらしい。
私とエリーが店舗の奥で見たクリストは、そうやって外出した帰りだったのだろう。
「わしは、どうにかして自分の手で姫を見つけ出したかった。……恥ずかしい話だが、わしの城での立場は微妙なものだ。女性優位な国家において、王であるわしはサーヌのサポートをするのが役目とはいえ、いつも王妃の後ろについているだけの存在では情けないと思ってな。少しでもわしの存在を認めてもらいたかったのだ」
そうつぶやくディル王の瞳は、少し寂しそうに思えた。
「だが結局、こんなことに……。わしのわがままによって、事態を悪化させてしまったようだ。反省しておる……」
項垂れるディル王の手を、エリーが優しく握って慰めていた。
「お父様は頑張ったと思います。お母様に内緒で行動したのは、あまりよいことではなかったかもしれませんが、お父様の気持ちもよくわかります」
「エリー……」
温かな想いに包まれ、ディル王の瞳からは熱い雫がこぼれ落ちていた。
「ところで、そのエリーちゃんは、いったい誰なのです? ディル王をお父様と呼んでいますが、エメラリーフ姫ではないのですよね?」
不意に、琥珀妃が疑問を口にする。
その横では、黒曜帝も同じように視線を向けていた。
確かに疑問に思うのも当然だろう。姫と同じ可愛らしい顔をしてはいるが、今のエリーはショートカットで男の格好をしているのだから。
「……これは他言無用でお願いしたいのだが、このエリーは姫の双子の弟にあたる、わしの実の息子だ」
ディル王は声を潜め、黒曜帝と琥珀妃に真実を伝える。
極秘の内容ではあったが、この場合、仕方がないだろう。
もっとも、猫目姫にはすでに喋ってしまっているわけだから、今さらという感じもするが。
ディル王の話を継いで、私もこれまでの旅の経緯を軽く説明した。
すると、黙って話に聞き入っていた猫目姫が、懐疑の声を漏らす。
「なるほどにゃ……。でも、だとすると、本当のエリー姫はいったいどこにいるのにゃ? カーネリアンが姫の公開処刑を計画したのはエリーちゃんをおびき出すためと言っていたにゃ。姫をさらった組織をおびき出すというのは嘘だったことににゃると思うが……。そうすると、姫をさらった組織というのは、いったい……?」
確かに、いったいどうなっているのか、私にも全然わからなかった。
ふと視線を向けると、エリーがなにか言いたそうにしていた。
「エリー?」
「僕は……」
エリーが話し始めようとしたとき、新たな声が広場に響いた。
☆☆☆☆☆
「少々遅くなってしもうた。人が多くて馬車が通れなかったものでな」
「王妃っ!?」
そう、現れたのは、サーヌ王妃だった。その横にはパールの妹、シストも仕えている。
王妃は一直線にディル王の前へ、ツカツカと歩み寄っていった。
焦りの表情を浮かべるディル王。
「い……いや、わしはだな、よかれと思って姫を探しに……」
サーヌ王妃は、しどろもどろに言い訳がましい声を上げるディル王を一喝する。
「わかっておる! ともかく話は城に戻ってからじゃ。さすがに、こんなことになっているとは夢にも思わなかったがの。もう少し早く出発できておれば……。まぁ、今さら言うても仕方のないことじゃ」
そしてサーヌ王妃は、視線をエリーと私のほうへと向けた。
「……エリーとルビアも、ご苦労であった。傷が痛むかもしれぬが、急いで城へ戻りたいと思う。異論はあるかの?」
「サーヌ王妃、姫はまだ見つかっておりません。とりあえず、一旦帰るということなのでしょうか? だとしても、国に帰るにも数日はかかると思われますので、姫の身を案じるとこのまま捜索を続けるべきかと……」
私は恭しく頭を下げながらも、そう申し出る。
どこにいるかわかってはいないものの、ここまで来て国に帰るというのも納得がいかなかった。
「その件については問題ない。他の理由での異論がないのであれば、すぐに帰るぞよ」
ピシャリと言い放つ。
サーヌ王妃は姫のことが心配ではないのだろうか?
いや、実の娘だ。それはないだろう。むしろ、一番心配しているはずだ。
その王妃が問題ないと言うのならば、私はその言葉に従うしかなかった。
「わかりました」
「よろしい」
満足そうな微笑みをたたえるサーヌ王妃。
彼女は最後に黒曜帝のほうへと向き直り、一礼する。
「お騒がせ致しました。今回の一件に関しては、近いうちにまたお伺いし、詳しくお話させていただきたいと思います」
こうして、私たちジュエリア王国一行は、サーヌ王妃が待機させていた馬車とディル王が乗ってきた馬車に分乗し、皇都セミナピッツをあとにした。