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「エリー!」
私は倒れているエリーに駆け寄った。
そのすぐそばには、猫目姫とアレックスも同じように倒れている。
カーネリアンの威圧感で動くことさえできなかった、パール、ディル王、クリスト、黒曜帝と琥珀妃も、それぞれの方向から走り寄ってきた。
「おいっ、大丈夫か!?」
ぐったりと倒れたエリーの体を抱き上げる。
息は、ある。
ぱっと見た限りでは、大きな外傷もない。若干のヤケドがある程度だった。
「う……ん……」
「エリー!」
外傷はなくとも、内臓がやられている可能性はある。私はエリーの体を軽く揺すりながら、呼びかけ続けた。
「ん……ルビア……」
エリーがゆっくりと目を開ける。
よかった、どうやら無事のようだ。
「エリー……大丈夫か……?」
「うん、なんとか……」
その言葉に、ほっと息をつく。
猫目姫も意識を取り戻したようで、すでに起き上がっていた。
残るはアレックスのみだが……。
倒れたまま動かないアレックス。
その体を抱きかかえて呼びかけているのは、実の弟であるクリストだった。
「僕の中に眠っていた力を全部解放して、あいつにぶつけたんだ……」
エリーがかすれた声でつぶやく。
自力で立ち上がることすらできないほど消耗しているのが、まだ微かに震えている体から伝わってきた。
「まったく、無茶をする」
私が頭にポンと手を乗せると、エリーは穏やかな笑顔を向けてくれた。
「猫目姫も、ありがとうございました。あなたが注意を引いてくれなければ……」
カーネリアンを倒すことはできなかった、そう続けるつもりだった。
しかし――。
ヴワァァァァァァァァァ!
突如、ねっとりとした風が舞った。
続けて、
ドォォォォォォォォォォォッ!!
圧倒的な力の奔流が、ごく至近距離から放たれ始める。
そう悟った瞬間、私は、エリーは、そして周囲にいたすべての者は、成すすべもなく吹き飛ばされていた。
――――なっ!?
直接私たちを吹き飛ばすために生まれた力ではない。
そこに存在する、ただそれだけで、驚異的な圧力が空気を伝って周囲へと溢れ出していた。
私たちの目の前に立っていたのは、アレックス――いや、カーネリアン!
「ぐはははははは! よくもまぁ、ここまで手こずらせてくれたものだ! だが、最後に勝つのはやはり力のある我だということだな! ようやく……ようやく力のすべてを取り戻したぞ!!」
なんてことだ!
奴はエリーの放った力を、すべて受け止めていたのだ!
高らかに笑い声を響かせる奴の周りには、その存在と呼応するかのように、空気が悲鳴を上げながら燃え盛り、渦を巻く熱風を形作っていた。
ただそこにいるというだけで、取り囲む自然にすら影響を与える。
そんな凄まじいエネルギーをカーネリアンは放っていた。
奴から近い場所にいた人は、放出された強烈な力をまともに受けてしまったようだ。
一番近くにいたと思われるクリストを筆頭に、そのすぐそばにいた猫目姫と彼女に駆け寄った両親も、倒れたままピクリとも動かない。
彼らより少しは離れた場所――私とエリーのそばにいたディル王やパールでさえも、まったく動く気配はなかった。
エリーはどうにか意識を保っている。
それでも、もとより消耗している身で、その上こんなにも強大な力を受けてしまえば、動けるはずもなかった。
今、動ける者がいるとしたら、それは私だけだ。
にもかかわらず、私の体は一向に動かない。
吹き飛ばされた衝撃でだろう、打ち所が悪かったのか、私の右足と左腕の感覚はほとんどなくなっていた。骨が折れているのかもしれない。
圧倒的な力の前に、なにもできない自分がもどかしい。
悔しさで体を震わせる私の腕に、エリーの指先がそっと触れてくれた。
カーネリアンは、ゆらりとその視線をこちらに――私たちのほうに向けてくる。
キッと睨み返す私とエリー。
「くっくっく、まだ歯向かうつもりか? だが、もう動けもしまい。そうだな、せめてものはなむけとして、まずはお前たちふたりから一緒に始末してやるとするか」
醜い笑いを浮かべながら、奴の手がゆっくりと伸ばされた。
くっ! 動けもしない!
だがエリーだけは、絶対に私が守らなくては……!
カーネリアンが手のひらをこちらに向けると、閃光がきらめき始める。
と――、
そこで奴の動きが止まった。
…………っ!?
カーネリアン自身も明らかに焦りの表情を浮かべているのがわかった。
「どういうことだ、動けぬ! ……まだ力が不完全だというのか……!?」
表情がその焦りを物語っているだけで、奴の体はまったく動きを見せない。
それに伴い、周りの空気もわずかばかりではあるが静まっていくように感じた。
「……クリスト……今だ……!」
カーネリアンが、かすれた声を放つ。
いや、これはカーネリアンではない。明らかに違う声……。
それはもともとの体の持ち主、アレックスの声だった。
「貴様……! まだ消え去っていなかったのか……!?」
「ほとんど消える寸前だったがな。それでも、これくらいのことはできる……。その隙を、うかがっていたのさ!」
同じ口から、ふたつの声が発せられる。
視線を巡らせると、クリストが立ち上がって剣を構えていた。
「なにっ……!? 貴様、さっきの衝撃波をあの至近距離で食らって、まだ立ち上がれるというのか!?」
「衝撃が周囲に広がる瞬間、一番近くにいたクリストにだけは、わずかばかり防護の力を与えられた。それだけのことだ。私がただ黙ってお前をのさばられていたと思うなよ。これまでの時間で、ある程度ならば力を制御するコツはつかんであった。それを利用して、今こうしてお前の動きを封じているってわけさ!」
アレックスの視線が、クリストへと向けられる。
「さあ、我が弟よ。その剣で私ごと、こいつを貫け! 魔族は通常死なない。だから封印するしかなかった。だが、人間の体を宿主にしている状態の魔族は、その宿主が死ねばともに消え去る。私がこいつをこの体に縛りつけている今ならば、完全に消し去ることができるはずだ! クリスト、やれ!!」
「ぐっ……!」
苦悶の表情を浮かべているクリスト。
実の兄をその手で……。その苦悩は、いったいどれほどのものか。
しかし今やらなければ、大勢の命が奪われるのは間違いない。
クリストは剣をぎゅっと握り、構え直す。
「やめておけ! お前の兄を無駄死にさせるだけだぞ!? こいつが息絶える前に、私はこの体から脱出して別の宿主に移ればいいだけなのだからな! 無駄なことはやめろ!!」
そう叫びながらも、奴の声には明らかな焦りがうかがえる。
「やれ、クリストーーーーーー!!」
「うあああああああああああああ!!」
クリストは真っ直ぐアレックス目がけて飛びかかり、自ら構えた鋭い剣の切っ先を――、
突き刺した!
「グアァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
耳を切り裂くほどの悲鳴が、空気を伝って衝撃派となり周囲に響き渡った。
どぉっ!
倒れるアレックスの体を、クリストが支える。
深々と剣が突き刺さったアレックスの腹部からは、血が滝のように流れていた。
「兄……さん……」
「よくやった、クリスト……」
そのままふたりの体は、地面に崩れ落ちた。