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姫王子が往く!  作者: 沙φ亜竜
チャプター6 エリーとルビアと青空と
33/39

-1-

「エリー!」


 私は倒れているエリーに駆け寄った。

 そのすぐそばには、猫目姫とアレックスも同じように倒れている。

 カーネリアンの威圧感で動くことさえできなかった、パール、ディル王、クリスト、黒曜帝と琥珀妃も、それぞれの方向から走り寄ってきた。


「おいっ、大丈夫か!?」


 ぐったりと倒れたエリーの体を抱き上げる。

 息は、ある。

 ぱっと見た限りでは、大きな外傷もない。若干のヤケドがある程度だった。


「う……ん……」

「エリー!」


 外傷はなくとも、内臓がやられている可能性はある。私はエリーの体を軽く揺すりながら、呼びかけ続けた。


「ん……ルビア……」


 エリーがゆっくりと目を開ける。

 よかった、どうやら無事のようだ。


「エリー……大丈夫か……?」

「うん、なんとか……」


 その言葉に、ほっと息をつく。

 猫目姫も意識を取り戻したようで、すでに起き上がっていた。


 残るはアレックスのみだが……。

 倒れたまま動かないアレックス。

 その体を抱きかかえて呼びかけているのは、実の弟であるクリストだった。


「僕の中に眠っていた力を全部解放して、あいつにぶつけたんだ……」


 エリーがかすれた声でつぶやく。

 自力で立ち上がることすらできないほど消耗しているのが、まだ微かに震えている体から伝わってきた。


「まったく、無茶をする」


 私が頭にポンと手を乗せると、エリーは穏やかな笑顔を向けてくれた。


「猫目姫も、ありがとうございました。あなたが注意を引いてくれなければ……」


 カーネリアンを倒すことはできなかった、そう続けるつもりだった。


 しかし――。


 ヴワァァァァァァァァァ!


 突如、ねっとりとした風が舞った。

 続けて、


 ドォォォォォォォォォォォッ!!


 圧倒的な力の奔流が、ごく至近距離から放たれ始める。

 そう悟った瞬間、私は、エリーは、そして周囲にいたすべての者は、成すすべもなく吹き飛ばされていた。


 ――――なっ!?


 直接私たちを吹き飛ばすために生まれた力ではない。

 そこに存在する、ただそれだけで、驚異的な圧力が空気を伝って周囲へと溢れ出していた。

 私たちの目の前に立っていたのは、アレックス――いや、カーネリアン!


「ぐはははははは! よくもまぁ、ここまで手こずらせてくれたものだ! だが、最後に勝つのはやはり力のある我だということだな! ようやく……ようやく力のすべてを取り戻したぞ!!」


 なんてことだ!

 奴はエリーの放った力を、すべて受け止めていたのだ!

 高らかに笑い声を響かせる奴の周りには、その存在と呼応するかのように、空気が悲鳴を上げながら燃え盛り、渦を巻く熱風を形作っていた。


 ただそこにいるというだけで、取り囲む自然にすら影響を与える。

 そんな凄まじいエネルギーをカーネリアンは放っていた。


 奴から近い場所にいた人は、放出された強烈な力をまともに受けてしまったようだ。

 一番近くにいたと思われるクリストを筆頭に、そのすぐそばにいた猫目姫と彼女に駆け寄った両親も、倒れたままピクリとも動かない。

 彼らより少しは離れた場所――私とエリーのそばにいたディル王やパールでさえも、まったく動く気配はなかった。


 エリーはどうにか意識を保っている。

 それでも、もとより消耗している身で、その上こんなにも強大な力を受けてしまえば、動けるはずもなかった。


 今、動ける者がいるとしたら、それは私だけだ。

 にもかかわらず、私の体は一向に動かない。

 吹き飛ばされた衝撃でだろう、打ち所が悪かったのか、私の右足と左腕の感覚はほとんどなくなっていた。骨が折れているのかもしれない。


 圧倒的な力の前に、なにもできない自分がもどかしい。

 悔しさで体を震わせる私の腕に、エリーの指先がそっと触れてくれた。


 カーネリアンは、ゆらりとその視線をこちらに――私たちのほうに向けてくる。

 キッと睨み返す私とエリー。


「くっくっく、まだ歯向かうつもりか? だが、もう動けもしまい。そうだな、せめてものはなむけとして、まずはお前たちふたりから一緒に始末してやるとするか」


 醜い笑いを浮かべながら、奴の手がゆっくりと伸ばされた。


 くっ! 動けもしない!

 だがエリーだけは、絶対に私が守らなくては……!


 カーネリアンが手のひらをこちらに向けると、閃光がきらめき始める。


 と――、

 そこで奴の動きが止まった。


 …………っ!?


 カーネリアン自身も明らかに焦りの表情を浮かべているのがわかった。


「どういうことだ、動けぬ! ……まだ力が不完全だというのか……!?」


 表情がその焦りを物語っているだけで、奴の体はまったく動きを見せない。

 それに伴い、周りの空気もわずかばかりではあるが静まっていくように感じた。


「……クリスト……今だ……!」


 カーネリアンが、かすれた声を放つ。

 いや、これはカーネリアンではない。明らかに違う声……。

 それはもともとの体の持ち主、アレックスの声だった。


「貴様……! まだ消え去っていなかったのか……!?」

「ほとんど消える寸前だったがな。それでも、これくらいのことはできる……。その隙を、うかがっていたのさ!」


 同じ口から、ふたつの声が発せられる。

 視線を巡らせると、クリストが立ち上がって剣を構えていた。


「なにっ……!? 貴様、さっきの衝撃波をあの至近距離で食らって、まだ立ち上がれるというのか!?」

「衝撃が周囲に広がる瞬間、一番近くにいたクリストにだけは、わずかばかり防護の力を与えられた。それだけのことだ。私がただ黙ってお前をのさばられていたと思うなよ。これまでの時間で、ある程度ならば力を制御するコツはつかんであった。それを利用して、今こうしてお前の動きを封じているってわけさ!」


 アレックスの視線が、クリストへと向けられる。


「さあ、我が弟よ。その剣で私ごと、こいつを貫け! 魔族は通常死なない。だから封印するしかなかった。だが、人間の体を宿主にしている状態の魔族は、その宿主が死ねばともに消え去る。私がこいつをこの体に縛りつけている今ならば、完全に消し去ることができるはずだ! クリスト、やれ!!」

「ぐっ……!」


 苦悶の表情を浮かべているクリスト。

 実の兄をその手で……。その苦悩は、いったいどれほどのものか。


 しかし今やらなければ、大勢の命が奪われるのは間違いない。

 クリストは剣をぎゅっと握り、構え直す。


「やめておけ! お前の兄を無駄死にさせるだけだぞ!? こいつが息絶える前に、私はこの体から脱出して別の宿主に移ればいいだけなのだからな! 無駄なことはやめろ!!」


 そう叫びながらも、奴の声には明らかな焦りがうかがえる。


「やれ、クリストーーーーーー!!」

「うあああああああああああああ!!」


 クリストは真っ直ぐアレックス目がけて飛びかかり、自ら構えた鋭い剣の切っ先を――、


 突き刺した!


「グアァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 耳を切り裂くほどの悲鳴が、空気を伝って衝撃派となり周囲に響き渡った。


 どぉっ!

 倒れるアレックスの体を、クリストが支える。

 深々と剣が突き刺さったアレックスの腹部からは、血が滝のように流れていた。


「兄……さん……」

「よくやった、クリスト……」


 そのままふたりの体は、地面に崩れ落ちた。


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