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と――。
苦悶の表情を浮かべながらも、エリーが立ち上がる。
お……おい、無理するな!
そう声をかけることさえもはばかられるほどの強い意思の力が、すぐそばにいる私には感じられた。
「ほう、悪あがきをするというのか? 面白い」
「僕の……大切な人たちを……危険な目に遭わせるなら……、僕は……お前を……許さない……!」
苦痛で顔が歪み、汗がだらだらと流れ出し、体は小刻みに震えている。
それでもなお、エリーは鋭く言い放つ。
かすれてはいるが、はっきりとした意思を乗せた力強い声で。
甘えん坊でいつも私が守ってきた、小柄で可愛らしいあのエリーとは思えないほど、その姿は大きく見えた。
「ふっ、許さないならどうするというのだ、小娘。いや、違うか……。まぁ、そんなことはどうでもいい」
カーネリアンの周りで渦を巻く炎が、少しだけ揺らぐ。
こちらはいつでも、お前に向けてこの炎を放つことができるのだ。無駄な抵抗はするな。そう言いたいのだろう。
「来なよ……。僕は負けない……!」
どこからそんな自信が湧いてくるのか、エリーは奴を挑発するような言葉を投げかける。
「黙れ! ならば望みどおり、消え去るがいい!」
カーネリアンが右手をひるがえす。
と同時に、辺りに渦巻く炎は、一直線の長く太い槍となって飛び出した。
奴の目の前に立っていた猫目姫は、どうにか横に飛び退いて身をかわす。
とっさに避けたとはいえ、地面に倒れ込む彼女の姿が目に映った。
そして炎の槍は、エリーへと襲いかかる。
炎は、しかしエリーには届かなかった。
いや正確には、炎はエリーの目の前までは達していた。
だがエリーに直撃する寸前、それらは蒸発するかのように一気に霧散していったのだ!
次々と連なった炎がエリーへと襲いかかり、そのまま煙となって消えていく。
視界は炎が消え去る際に変化した煙で覆い尽くされた。
カーネリアンの攻撃が止まる。
「……どういうことだ!? まさか人間ごときが、我の力の断片とはいえ、それを自在に操っているというのか!?」
驚きの表情を浮かべるカーネリアン。
エリー自身も驚いているようではあったが、それを気取られまいとカーネリアンに威圧をかけ始める。
「僕の中に封じられた力……。長年僕の中に宿っているうちに、徐々に僕自身と融合し、その力を制御できるまでになった。そんなところかな……」
エリーはニヤリと笑みを浮かべる。
もちろん、そんな力が封印されていたことなんて知らなかっただろう。
ついさっき、封印されていた力が解き放たれそうになって、初めてその力の大きさに触れたはずだ。
それでも、まだその力は自分の体の中にあるという事実を利用し、どうにか抑え込んでいる。
おそらく、力を制御して自在に操れるわけではない。
ただ、その力の一部を利用するくらいだったらできそうだ、と悟ったに違いない。
先ほどの挑発と炎を防いだ力は、そういった行動を見せることで奴を怯ませるのが狙いか。
ともあれ、それだけでは……。
わずかな時間、奴を躊躇させることはできても、再び封じるまでには至らない。
エリーが、ふと私の手をぎゅっとつかむ。
――エリー?
その視線はカーネリアンをじっと睨みつけながらも、一瞬だけ別の場所に向けられた。
――なるほど、そういうことか。
私は剣を構えてエリーをかばうように立ち塞がる。
ひらりと、マントが揺れた。
「カーネリアンと言ったか、お前の負けだ、もう諦めろ。こちらが力を制御できれば、封印されていたお前の力は半分ずつ、すなわち互角ということになる。ならば単身でここにいるお前より、こちらのほうが有利だ。エリーの身は、この私が命に代えても守るのだからな!」
力強く言い放つ。
ここで動揺を見透かされては、私たちのほうこそ負けとなってしまう。
「ほう、忠実なナイト様というわけか。さっきまで怯えてなにもできなかった奴が、よく言うわ。確かにふたつに分けられて封印されていた力は半分ずつだ。しかしな、それらはもとより我の力。ある程度制御できたとしても、完全に使いこなせるのはこの我だけなのだ。現在の力が互角だという考えは捨て去るべきだな。もっとも、考えを改めたところでどうせ死ぬ運命、なにも変わりはしないだろうが」
私が奴の注意を引いているあいだに、エリーは準備に入っていた。
エリーは私のそばで力の制御に集中している。
それを、私のマントが奴の視線から遮っていた。
「さて……悪あがきも、そろそろおしまいだ。そいつを殺せば、我の復活は完了する。少しは楽しませてもらったが、もういいだろう。さぁ、覚悟はいいかな?」
カーネリアンがニヤリと余裕の嘲笑を浮かべる。
そこで、私は動いた。
剣を、投げ捨てたのだ!
「むっ? なんだ!?」
私の行動によって一瞬の隙が生まれた奴の背中へと、素早く猫目姫が飛びかかる。
「ぐっ!? 貴様、いつの間に! 離せ!!」
背後から組みつき力強く爪を立てる猫目姫を、カーネリアンは必死に引き剥がそうとする。
そこへ、
ブワッ!!
足もとへ集中させた力の一部を解き放ち、一瞬でカーネリアンの懐に飛び込むエリー。
そして、その勢いに任せて体当たりをぶちかまし、残ったすべての力を手のひらからカーネリアンの腹部に向けて放出した。
「うぐああああああああっ!?」
「自分の力をその身で受けて、消え去れ!!」
エリーの体から放たれた輝く力の結晶が、カーネリアンの中へ次々と吸い込まれ、火花を散らし始める。
凄まじい音と光の奔流が、カーネリアンを中心に渦巻いていた。
――ぐおああああああああああああああっ!!
声とも言えないような強烈な地響きにも似た断末魔が、辺り一面にこだまする。
やがて光は徐々に収縮し、消えていった――。
静寂だけが周囲のすべてを支配する。
「終わった……のか……?」
光の消え去ったあとには、カーネリアン――いや、アレックスと、エリー、猫目姫の三人の体が、焼け焦げた地面の上に倒れて転がっていた。