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鍵を開けて牢の中へ入ると、ぐったりとしていた女性が顔を上げ、こちらに視線を向けた。
ぱっと見はエメラリーフ姫とそっくりな長くウェーブのかかった栗色の髪ではあったが、エリーの言っていたとおり、彼女は別人だった。
いや、実際に姫であった場合よりも、私としては驚いたと言ってもいいだろう。
「ルビア……?」
「な……っ!? パールじゃないか!」
そこにいたのは、ジュエリア城で姫の臨時の影武者となっているはずのパールだった。
慌てて駆け寄る私たちに、パールはゆっくりと話し始めた。
「私はディル王とクリスト隊長に連れられて、ここまで来ました」
パールが言うには、私たちが旅立ったあと、ディル王はクリスト隊長とともにこの計画を練っていたらしい。
姫がさらわれたというのに、ただ黙って待つしかない。それがもどかしかったのではないか。そうパールは推論を述べる。
ディル王は、自分でどうにかして姫を見つけ出したい、と考えた。
しかし自分ひとりの力では難しい。思い悩んでいたときに、クリストから申し出があったのだという。
その申し出というのが、ブリリアント帝国の特殊部隊と共同し、姫をさらった奴らをおびき出そうという作戦だった。
具体的な内容はパールも聞いていないようだが、ここ最近流れていた、ブリリアント帝国がエメラリーフ姫をさらったという噂自体も、特殊部隊からばらまかれたものだったらしい。
特殊部隊――正確に言えば、中でも魔法研究を専門としている部隊。その本拠地はここ、スノーフレークだ。
特殊部隊には全体を取りまとめている総隊長ともいうべき人物がいる。それはローズ王妃が訪ねてきた際の話にも出てきていた。
その総隊長であるアレキサンドライト――通称アレックスは、クリストの実の兄なのだという。
もともとクリストに話を持ちかけてきたのも、そのアレックスだった。
「しかし、姫をさらった奴らをおびき出すとは、いったいどうするつもりなんだ?」
「作戦としては、私をおとりに使うつもりのようです。明日、皇都の広場で公開処刑を大々的に執り行うことになっています」
「公開処刑!?」
いくらなんでも、そこまでするのか!?
ディル王に対する怒りが込み上げてくる。
「あっ、でも、もちろんフリだけですよ? 死刑執行の直前に、私は仕掛けによって精巧に作られた人形と入れ替わる手はずになっているんです」
「それにしたって、ひどすぎるんじゃないか? だいたい、おびき出すといっても、確実性があるとも思えないのだが」
「おびき出す相手、つまりエメラリーフ姫をさらったのは、とある組織とのことです。ただ、どうしても組織の本拠地をつかめないらしいので、どうにかして突き止めようとしているそうです。姫の公開処刑の話があれば、自分たちがさらった姫が本物なのか、確認するために出てくるはずだと。ともかく私は、言われたとおりに行動せよと、ディル王からの命を受けております」
私たちの祖国ジュエリア王国にとっても、そしてブリリアント帝国にとっても、関わりの強い深刻な事態になっているようだ。
だが、ネコミー――いや、猫目姫はただ黙って話を聞いていた。
そしてそれは、エリーも同じだった。
まずは状況をしっかりと把握しようとしているのだろうか。
普段のエリーならば、パールを質問攻めにしていてもおかしくないと思うのだが。
「スノーフレークとしては、今回の件はなんとしても極秘のうちに収めたいと考えているようです。姫をさらった組織が国内にいるとしたら、ブリリアント帝国とジュエリア王国で戦争になってもおかしくない事態ですから。早急に、なるべく穏便に解決したい、というところなのでしょう。そう考えると、黒曜帝も状況は把握しているのかもしれませんね」
実際のところどうなのかは、私にはわかりませんけれど。そうつけ加えるパール。
どうやら大まかな作戦は伝えられているものの、細かい内容までは聞かされていないようだ。
「アレックスさんはいろいろと考えた上で、実の弟であるクリストさんと連絡を取り、ディル王とともに一旦帝国まで招いて話をすることにしたようです」
「状況はある程度先に連絡してあって、パールが影武者として城に残っていたから一緒に連れてきた、って感じなのかな」
エリーが黙っていることに我慢できなくなったのか、言葉を挟む。
「はい、おそらく」
「あれ? でもそうすると、今ジュエリア城のほうはどうなってるの? 姫も影武者もいない状態じゃ……。あっ、もしかして、シストが……」
「いえ、シストは今までどおりの生活を続けています。実は王妃様に『伝話』を持たされていまして、王妃様やシストとは定期的に連絡を取っているんですよ」
伝話というのはジュエリア王家に伝わる魔法の道具だ。
対になったふたつの伝話を通じて、どんなに遠くにいても声が届くのだとか。
「で、姫の代わりは、その……今は王妃様がやっておられると……」
「え……?」
「シストの報告では、ノリノリで姫役を演じているそうです。ですが、王妃様本人は気づいていないでしょうけれど、バレバレのようです。今は公務も少ない時期ですから、王妃様の気まぐれによるお遊び、という感じで国民も苦笑いしているだけみたいですけれど、不審に思われるのも時間の問題かもしません。ですので、早く姫様を連れ戻さないと……」
パールは早口で一気に語り、そっと目を伏せた。
「ごめんね、パールにもシストにも、迷惑をかけてしまって……」
エリーが謝罪する。
もちろんエリーが悪いわけではないのだが、自分の親が原因となっているのは確かだったため、申し訳なく思ってしまったのだろう。
「それにしても、お父様もひどいな。パールをこんな場所に閉じ込めるなんて……」
拳を握りしめ苦い顔をする。
エリーにしては珍しく、かなり本気で怒っているのが伝わってきた。
「あっ、いえ、ディル王は私を客室のほうに泊めるようお願いしていました。クリスト隊長もそうしてほしいと言っていたのですが、スノーフレークの方々がそれはできないと断固反対されまして。アレックスさんが言うには、スパイが入り込む可能性もあるので、なるべくリアリティを出したいとのことでした」
猫目姫が、少々眉をしかめた。
やはり自分の国の特殊部隊が関わっていることで、話には敏感に反応しているのだろう。
作戦のためという理由があるとはいっても、他国からの訪問者をこのような場所に監禁している状態なのだ。
それを特殊部隊の者が指示したとなれば、帝国の姫として罪悪感を覚えても不思議はない。
「アレックスさんが直々に頭を下げてお願いされましたので、私はそれを受け入れました。かなり紳士的な方で、私を牢に閉じ込めることを本当に心苦しく思っているのが感じられましたので」
猫目姫の苦い表情を察知したからなのか、パールがフォローするように言った。
一応変装しているし、パールには紹介もしていないわけだから、猫目姫だとわかっているわけではないのだろうが……。
パールは意外と鋭い面のある女性だ。もしかしたら感づいているのかもしれない。
「さて、どうしたものだろう? 姫をさらったという組織をおびき出すためとはいえ、姫を公開処刑するというのは、さすがに問題がありそうな気がする。黒曜帝の耳には入っていたとしても、一般市民は知らないだろう。一国の姫を処刑するということは、本来ならば戦争に発展するような事態だ。極秘に進めているだろうし、今のところ国民にまで伝わっているとは思えないが……」
私は一旦間を置き、さらに言葉を続けた。
「公開処刑なのだから、多くの国民を集めて執行されるはずだ。もしそうなったら、場合によっては処刑を止めようと暴動すら起こりかねない。かなり危険な状態と言えるだろう」
声を潜めつつも、力強い調子で言い放つ。
いくらディル王やクリストたちの作戦の一端とはいえ、私としてはパールにそんな危険な役をやらせたくはない。
私はそう考えていた。
「そうですね……。でも、考えがあってのことですし、私はディル王を信じております。だからこそ、ここまでついてきたのですから。それに、どちらにしても私はここから抜け出せません」
「え? どうして?」
「実は鎖でつながれているのです。偽者とはいえ組織に連れ去られたら問題でしょうから、念のため、ということだとは思いますけれど」
心配そうに顔をのぞかせるエリーに、パールはそっと右手首を見せる。
ジャラリと、そこから牢屋の床に差し込まれた杭までつながる鎖が音を立てた。
「魔法の道具で強化された鎖のようですから、おそらく外すのは無理だと思います」
軽く調べてはみたが、確かにこの鎖を外すのは難しそうだった。
魔法道具の中には、特殊力がなければ扱えない物も多くあり、それを使える人を現在では魔法使いと呼んでいる。
おそらくは、そういった魔法使いがこの特殊部隊の中にいるのだろう。
魔法を専門的に研究している施設なのだから、そういった人がいないと考えるほうがおかしい。
「むぅ~。いくら作戦のためとはいえ、鎖にまでつながれて……。パールがかわいそうだよぉ……」
そう言って瞳を潤ませているエリーの頭を、パールは優しげな微笑みをたたえながらそっと撫でる。
「私は大丈夫ですから」
「エ……エリー姫なら、昼間会ったぞ?」
それまで沈黙を貫いていた猫目姫が、不意に口を開いた。
黙っていることに耐えられなくなったのは、エリーだけでなく猫目姫も同じだったようだ。
「あっ、すまにゃい。実は……私は、ブリリアント帝国の猫目姫なのにゃ」
どうだ、驚いたであろう? とでも言いたげに胸を張っている彼女。
私とエリーは気づいていたわけだし、パールですら、なんとなくは気づいていたはずだが……。
「うわぁ……そうだったんだ!」
エリーがわざとらしく驚く声に満足しながら、猫目姫は話を続けた。
「ともかく。昼間、城にエリー姫とその従者が訪ねてきたのにゃ。ちょうどカラット王国からローズ王妃とトパルズ王子も来ていたから、それは間違いないにゃ」
「……エリー姫の従者?」
パールが首をかしげていた。
「ここは、嘘を突きとおすわけにもいかないな。実は……」
私は猫目姫に本当のことを話した。
今ここにいるエリーは本当は姫の影武者として育てられた王子で、昼間城を訪問したのはこのエリーだったこと、
それは本物のエメラリーフ姫の行方についての情報が得たかったからだったこと、
私とエリーの旅の目的は本物の姫を探すためだったこと……。
これらについては、後々も口外してないでほしいとお願いはした。
お願いでしかないわけだが、猫耳帽子をかぶった変装で町に繰り出していたり、語尾に「にゃ」をつけて喋ったりしているとはいえ、猫目姫は意外と信用できそうだと私は判断していた。
エリーも無条件で信頼している。そんな雰囲気があったからというのも、そう判断した理由のひとつだった。
「なるほどにゃ……。それならこちらも、隠し立てはしないことにするにゃ。実は、このスノーフレークの施設については、以前から怪しい噂を聞いていたにゃ。それでいろいろと調べていたところだったのにゃ。エリー姫をさらった組織というのがどんな組織なのかは、あちきも把握していにゃい。というか、恥ずかしながら初耳だったのだけどにゃ。ともかく、組織をおびき出すためとはいえ、やはり今回のやり方はおかしいと思うにゃ」
きっぱりと言い放つ猫目姫。
「なにかもっと裏がありそうな気がするにゃ。そう考えると、パールさんでしたかにゃ? あなたにも危険がないとは言いきれない状況だと言えるにゃ」
「そんな……。それではディル王やクリスト隊長も、騙されているというのですか?」
「その可能性はある、と考えておくべきにゃ。どちらにしても、パールさんの安全はどうにかして確保したいところだにゃ」
う~む、しかしどうすればいいのか……。
頭を抱え込む一同。
そんな重苦しい空気の中、
「よし、それじゃあ、こうしよう!」
エリーがウィンクをしながら、楽しいサプライズを思いついたような無邪気な笑みを浮かべた。