-2-
「……やっぱり、中も警備は厳重だね」
エリーがつぶやく。
さすがに敷地内の広大さから、まったく死角がないように警備員を配置することはできないみたいだが、今私たちが潜んでいる場所から見える範囲内だけでも、五分から十分に一度は見回りの警備員が通っていた。
移動するとしても、こちらは三人いる。気を抜いたら、すぐに見つかってしまうに違いない。
「とりあえず、目指す場所は決めておくのがよいかにゃ。ここから見える範囲で、ということになってしまうけどにゃ」
「そうだな」
音を立てないように周囲を見回す。付近には、いくつかの建物らしき影が見えた。
当然、明かりなどはない。
月の薄明かりが照らし出すわずかな建物などの輪郭と、ときどき通る見回りが持つランプの光だけが頼りだった。
しばらくここに潜んで状況を見ていたのも、月明かりだけでは状況を把握するのに不十分だと考えたからだ。
見回りが何度か通過した明かりによって、近くには少なくとも三つ以上の建物があるとわかった。
敷地内は建物が密集しているわけではなく、木々や草花が植えてある場所や芝生になっている場所が、かなりの範囲を占めているようだった。
それは、この皇都全体の雰囲気や景観から考えれば自然なことではある。
しかし……だからこそ、ここまでの厳重な見回りや警備体制が余計に怪しくも思えた。
公にはなっていない特殊部隊の研究開発施設だという事実を考えれば、それも不思議ではないのだが、それでもなにかおかしい。
やはり、ディル王が来ているという噂は真実だと考えたほうがよさそうだ。
「あっ、また来たよ」
エリーが耳もとでささやく。声を大きくできないため、身を寄せ合っていたからだ。
エリーだけでなく、ネコミーこと猫目姫もぴったりと寄り添ってきているわけだが、本来なら若い女性が寄り添っているこんな状況では、変に意識してしまうものだろう。
だが、毛皮と猫耳帽子のせいなのか、この姫の場合、ペットがくっついてきている程度にしか思えなかった。
視線を闇の中へ向けると、見回りの持つ明かりが確認できる。
人数はひとり。
私たちは息を潜めて様子をうかがう。
やがて見回りは、建物の中へと入っていった。
ドアを開けたときに建物の中から明かりが漏れたことから、中に人がいると考えられる。
ただ、他に窓などは存在しないのか、こちらからは見えないだけなのか、ドアが閉まると辺りはまた闇に包まれてしまった。
しばらくして再びドアが開くと、見回りの数は三人に増えていた。
そして奴らは、先ほど来た方向とは別方面へと歩いていった。
出ていく際も、ドアが開いたときに明かりが漏れていた。中にまだ誰か残っている可能性が高い。
とはいえ、見回りの警備員は、ひとりが中に入り、三人が外へ出ていった。ということは、中の人数がふたり減った計算になる。
敷地の広さから考えて、見張りを一ヶ所にあまり多くは配置できないはずだ。
今までに通った警備員の数などから察するに、おそらく一ヶ所にいる警備員の人数は最大でも三~四人程度と考えていい。
また、あの建物が警備員たちの宿舎になっている、というのもありえない。見回りをする警備員の出入りがあったのは、私たちがここに潜んでからに限られるが、今この瞬間が初めてだったからだ。
つまり、現在あの建物の中にいる見張りは、残っていたとしても、ひとりかふたり程度と考えられる。
もしかしたら、ローテーションのミスなどでまったく見張りがいなくなった、という可能性すらあるかもしれない。
通常ならそんなヘマはしないだろうが、毎日何事もなくただ見回るだけの日々が続いていたとしたら、気を抜いている警備員がいても不思議ではない。
「チャンスだね」
「そうだな。……行くか」
「合点にゃ!」
私たちは素早く行動を開始した。
☆☆☆☆☆
ドアはすんなりと開いた。
中の様子をうかがうと、明かりは微かに見えるが、ドアのそばに人の気配はなかった。
私たちは物音を立てないように素早く建物内に身を滑り込ませた。
建物の中はひんやりとしていて涼しい。なんとなく嫌な湿り気のようなものがまとわりついてくるような、そんな感じさえ受けた。
壁は完全に石造りだった。あまり手入れは行き届いていないように見える。
「なんだろね、ここ」
「う~ん。生活するための場所ではなさそうだな。倉庫だろうか、それとも……。ともかく、少し探ってみよう」
探ってみようとは言ったものの、予想はしていたが建物の中はそれほど広くなかった。
「見張りがいるね」
「ああ、それに……。その後ろは、牢になってるみたいだな」
頷くエリーとネコミー。
小さく言葉にしたとおり、奥は鉄格子の牢屋になっていた。
牢は建物の奥側に全部で三つ存在しているようだ。手前に机と椅子が設置してあり、見張りが座っている。
見張りの前にある机には、ランプが置かれている。
先ほど入り口のドアのほうまで漏れていたのは、おそらくその明かりなのだろう。
「牢屋の中に、人がいるみたいだにゃ」
ネコミーの声に目を凝らしてみると、確かに一番奥の牢に人影が確認できた。
ランプの明かりに照らされたシルエットは、ドレス風の衣装を身にまとっているように見えた。ということは、女性か。
「……もしや、エメラリーフ姫!? 帝国が姫をさらった、という噂は本当だったということか!?」
「…………」
私の言葉に、ネコミーがなにか言いたそうな雰囲気だったが、結局口を挟まなかった。
猫目姫としての意見を述べようとしたのかもしれない。
「そんなわけ、ない……」
ふと、エリーがそんなつぶやきを漏らした。
「ん?」
「あれは、お姉様じゃないよ」
なぜ、そう思うんだ?
やはり双子だから、なにか感じるものがあるのだろうか。
そうエリーに尋ねる時間は与えられなかった。すぐさまネコミーが提案してきたからだ。
「見張りをどうにかして、近づいて確認するのが一番いいにゃ」
「どうにかって……どうするんだ?」
「こうするにゃ!」
言うが早いか、目の前からネコミーの姿が消えていた。
……いや、飛んでいたのだ!
猫並みの身軽さで彼女は飛び跳ね、そして、見張りの背後に音もなく降り立った。
「うにゃ!」
その勢いに任せて、首筋に手刀を振り下ろすネコミー。
見張りは自分の身になにが起こったのか考える間もなく、そのまま机に突っ伏すと気を失っていた。
「ま、こんなもんにゃ!」
ジャラッ。
見張りの腰ポケットに入っていた鍵束を指でくるくると回しながら、ネコミーは得意満面の笑みを浮かべていた。