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「さて、来てはみたものの……」
「う~ん。警備、しっかりしてるね」
私はエリーとともに、スノーフレークのそばに潜んでいた。
辺りはすでに暗闇に包み込まれていて少々肌寒い。
私はいつもどおりのマントを羽織っていたが、エリーはまた「可愛くない~」などとわがままを言ってマントをつけていなかった。
店は夜になると閉められ、客は中に入れなくなる。ぱっと見、店舗部分はひっそり静まり返っているようだ。
しかし、入り口には常に二名の警備員が配置され、それ以外にも店舗部分を中心に見回りが徘徊しているのが確認できた。
たくさんの商品を扱う店舗ということで、警備が厳重なのもわからなくはないが……それにしてもこれは厳重すぎるだろう。
敷地の奥で極秘裏に行われているという魔法研究がらみで、普段からこんな物々しい警備なのかもしれない。
だが、ディル王が滞在しているのならば、そのための警護という可能性も高い。
そして昼間見た姿、あれは間違いなくクリストだった。そう考えると、ディル王がここにいるという噂も信憑性が高まってくる。
「う~、夜は結構寒い……」
「そんな薄着で来るからだ。だいたい男があまり薄着するなよ」
「むぅ~。だって、動きやすいし……」
むくれるエリーの肩に上着をかけてやる。念のため用意しておいてよかった。
「あ、ありがと……」
まったく、私がいないとホントにダメだな、こいつは。
そんなことを考えていたからだろうか、私は背後に迫っていた気配に気づかなかった。
「おい、お前たち」
しまった! 見つかった!
はっとして身構える。
いざとなったら、エリーは私が守らなければ……!
「こんなところで、なにしてるにゃ?」
…………にゃ?
振り返ると、そこにいたのは、
「また会ったにゃ!」
明るい笑顔を振りまく、毛皮服を身にまとい猫耳帽子をかぶった女の子だった。
「なんで、ここにいるんだ、猫……」
猫目姫、そう言ってしまいそうになったが、エリーが私を睨んでいるのに気づき、どうにか言葉を止める。
猫目姫は変装しているから正体がバレていないと思っているわけだし、こちらも猫目姫と会ったときには、エメラリーフ姫とその従者の女性ルビーとして振舞っていたからだ。
ここはあくまでも、先日偶然出会っただけの、旅人と皇都に住んでいる少女、という前提で接しなければならない。
皇帝のもとへ訪れた際に嘘をついていたとなれば、さすがに問題となるだろう。
「猫……耳のお嬢さん」
「にゃはは! そういえば前に会ったときは名乗ってなかったにゃ。そうだにゃあ……猫耳だから、ネコミーとでも呼んでくれればいいにゃ!」
……もうちょっと、いい名前を考えればいいのに……。
「ま、あまり詮索はしないでほしいにゃ。その代わり、そちらのことも詮索はしにゃい。……旅の本当の理由とかにゃ」
そう言ってニヤッと笑う彼女の瞳が、月の光を反射してキラッと輝いたように見えた。
☆☆☆☆☆
「お前たちがなにをしていたのかは、なんとなくわかるにゃ」
声を潜める猫目……いや、ネコミー……。
「スノーフレークの敷地内に忍び込もうとしていたんだにゃ?」
「うん、そうなんだ」
相手が猫目姫だとわかっているからか、エリーはあっさりと答える。
……エリーの場合、警備員に詰問されていたとしても、つい正直に答えてしまいそうな気もするが……。
「それなら抜け道を知ってるにゃ。……実はあちきも、ここに忍び込むつもりでいろいろ調べていたのにゃ」
正確には、手下に調べさせていたというところか。
「同じ目的の者同士、仲よくしようにゃ」
「うん、よろしくね!」
「エリー、ちょっと声が大きくなってるぞ」
「あ……ごめん」
「ま、ついてくるにゃ」
私たちは素直にネコミーの先導に従い、スノーフレークの敷地の裏手へと回った。
「ここの壁に穴が開いてるにゃ。調べたとき、すぐに見つからないようにカモフラージュしておいたにゃ」
ネコミーが指差した壁は、確かにぱっと見では穴が開いているようには見えなかったのだが。
彼女が壁の一部をコツコツと叩くとガラッと崩れ、人がどうにか通れそうなくらいの亀裂が出現した。
「ちょっと狭いから、通りにくいかもしれないけどにゃ」
ネコミーはそう言って、さっさと穴をくぐっていく。エリーも躊躇することなく、それに続いた。
問題は私だ。長身の男性である私が、こんな細い亀裂を通り抜けられるのだろうか。
エリーが通過した先でこちらに目を向けている。
「……ルビア……気合いで!」
しかし、気合いだけではどうにもならないことも、世の中にはあるものだ。
途中まで穴に潜り込んだ私は、腰の辺りが完全にはまってしまい、身動きできない状態に陥ってしまった。
その姿は、人様には絶対に見せられない恥ずかしい格好だった。
もちろんエリーと猫目姫には、ばっちり見られてしまったわけだが……。
エリーと猫目姫に引っ張られる形でどうにか壁の奥へと入ることができた私は、心にクリティカルダメージをくらい、足もとが少々ふらつき気味だった。




