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謁見の間に再び取り残された私とエリーと猫目姫。
部屋の入り口付近には衛兵たちも残ってはいたが、様子を察知しているのか私たちに近づこうとはしなかった。
「猫ちゃん……」
エリーが心配そうに声をかける。
黒曜帝が諸国の制圧を目論んでいる可能性もある、ということで気を落としているかもしれないと考えたからだろう。
それを言うならエリー自身も、ディル王がなにか関わっている可能性が高そうだということに関して、気を落としていてもよさそうなものだが。
いや、むしろ、ディル王がこの国に来ているというのが間違いないと考えれば、エリーのほうこそ気落ちしているはずだ。
それでも、他人への気遣いのほうが勝っていたのだろう。
「エリーちゃん……。まだ混乱していて、上手く頭の中で整理できていにゃいけど……」
猫目姫の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいるようにも見えた。
「でも、調べてみないといけないにゃ。ただ、軽率な行動をするのは問題があるのも確かにゃ。あちきも、エリーちゃんも」
エリーは無言で頷く。
いつものおどけたような軽い雰囲気は、まったくなかった。
「あちきには、一応専属の護衛をする衛兵が何人かいるにゃ。とりあえず、そいつらに調べさせようと思うにゃ」
「うん。私もしばらくはこの国に留まるつもりだったし、あまり目立たないようにしなきゃいけないとは思うけど、こちらでも少し調べてみるね」
「よろしく頼むにゃ」
お互いの無事を祈りつつ、私たちは謁見の間を出た。
☆☆☆☆☆
「さて、どうする?」
帰り際、低い声で尋ねた私に、
「今のその外見に、そんな声は似合わないよ、ルビア!」
と茶々を入れてくるエリー。どうやら結構余裕がありそうだ。
そう思ったのも束の間、エリーは不意に私の手を握ってくる。
その手は微かに震えていた。やはり混乱しているのは確かなのだろう。
ともかく今は状況を正確に把握すべきだ。そのためにも、調査はしなければ。
「よし、これからスノーフレークへ行ってみるか」
私の提案に、きゅっと口を結んだまま、エリーは力強く頷いた。
一旦宿に戻り変装を解いた私は、ようやく女装から解放され、深く安堵の息をつく。
それにしても、スカートというのはあんなにも動きにくいものなのか。
長めのスカートだったという理由もあるだろうが、足にまとわりついてきて気持ち悪いことこの上なかった。慣れが必要なのだろうか。
エリーもいつものショートカットに戻り、素早く準備を整えた。
姫の変装をするとき以外、エリーは基本的にズボンをはく。男ならばそれが普通なのだが、エリーに限って言えば、ズボンをはいたのもこの旅に出てからが初めてだっただろう。
エリーは姫の影武者として、仕草や立ち居振る舞いなどにも普段から気をつけ、女性のように生活していた。
そのため服装も、姫ほど豪華ではないものの、たいていはフリルのついた可愛らしい服と長いスカートという組み合わせばかりだったのだ。
「あははは! ズボンって、動きやすくていいね!」
エリーは旅に出てすぐの頃、楽しそうに笑い声をこぼしていた。
☆☆☆☆☆
「いらっしゃいませ~♪」
建物に入るやいなや、若い女の子の店員が明るい声を響かせた。
私たちは今、スノーフレークへとやってきている。
一般市民にも調合した薬を売っているということで、とりあえずその店の中に入ってみよう、と考えたのだが。
華やかな色合いで飾られた店内は、本当に薬屋なのかと疑うほどに広かった。
少々短めのスカートでひらひらした可愛い制服に身を包んだ女性店員は、軽やかな声で客に品物を勧めている。
薬の調合と聞いていたため、病気や怪我をした人に薬を売る、もの静かな店内を想像していたのだが……。
また、店内にところ狭しと並べられた品物の数々にも驚いた。「薬屋」という認識自体が間違っていたと言うしかないだろう。
売っているのは調合した薬だけではなく、ちょっとしたお菓子類、飲み物、インテリアに可愛い小物まで、様々な商品が置かれていた。
客層も、実際に薬を買いに来るお年を召した方もちらほらと見受けられるが、どうやら若い世代、とくに女性の姿が多く見られるようだった。
可愛い小物類が多く配置されているのも、そういった客層のニーズに合わせたものなのだろう。
「カリナン公国と並んで、ブリリアント帝国も貿易の盛んな国だからね。いろんな物を扱ってるんだよ。それに、皇都はすごく広い土地だから、同じような目的の施設とかって、なるべく一ヶ所にまとめる風潮もあるの。買い物をするときに便利なように、なんでも売ってる施設っていうのが国民から求められていて、こういう形になったみたいだね」
嬉しそうにエリーが語る。
ジュエリア城にいるあいだは、私がエリーから教えられることなんてまったくと言っていいほどなかった。
エリーは私に教えることができると、いつもこんなふうに嬉しそうな笑顔を浮かべながら、得意げに語ってくれるのだ。
とりあえず、私たちは店内をくまなく歩き回ってみた。
「うっわぁ~! このぬいぐるみ、可愛い~♪」
などと、はしゃいでいるエリーの腕を引っ張りながら、広すぎる店内を巡る。
「……とくに、怪しいところもなさそうだな」
「うん、そうだね」
つぶやくエリーの腕には、いくつかのファンシーグッズが抱えられていた。
これも調査の一環だよ、店員さんの反応も見なきゃ。といったエリーの言葉に騙されて買わされた物だった。
どうやら、これ以上ここにいても、なにも得るものはなさそうだ。
諦めて帰ろうとした頃には、私たちは店内でも一番奥、入り口からはかなり離れた場所にいた。
そのさらに奥、店員用の通路や控え室があるのだろうか、関係者以外立ち入り禁止の立て札が置かれた先に、ふたつの人影が見えた。
もちろん、そこに店員がいるのは不思議ではないのだが……。
ひとりは確かにこの店の女性店員だろう。制服を着ているので間違いないはずだ。
ただ、もう片方は店員というには明らかに不自然な格好をしていた。
あれは――鎧だ!
客が歩き回る店内とは違い、その辺りは薄暗くなっていたためよくは見えなかったが、明らかに金属製の鎧を身にまとっているのが確認できた。
「どうしたの?」
「しっ!」
小声で話しかけてくるエリーを制し、薄暗い通路の様子をうかがい続ける。
すぐに鎧の人物は店員とともに、奥の部屋へとその身を滑り込ませてしまったのだが。
私の目は部屋に入るわずかな一瞬、部屋の中から漏れた明かりが浮かび上がらせた鎧に刻まれた紋章と、その人物の横顔をしっかりと捉えていた。
鎧の紋章は、間違いなくジュエリア王国のものだった。
それにあの横顔は、見間違えるはずがない。鎧を身にまとった人物は紛れもなく、近衛騎士団第二部隊のクリスト隊長だったのだ――!