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姫王子が往く!  作者: 沙φ亜竜
チャプター4 ブリリアント帝国と猫目姫と
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-5-

「え?」


 真っ先に驚きの声を上げたのはエリーだった。


「お父様が?」


 そんなこと、全然聞いていなかった。

 私とエリーは、エメラリーフ姫がさらわれてすぐに捜索の旅に出た。その後、心配になった王が行動を開始したというのも考えられなくはないが……。

 しかし、いくら女性優位で実権はサーヌ王妃にあるとはいえ、仮にも一国の王が捜索の旅に出るだろうか?


「まぁ、とある筋から入手した噂話程度、と思っていただければよろしいのですが」


 とある筋、と言葉を濁してはいるが、実際にはこの国に送り込んであるスパイからの情報で、信頼性は高いと考えられる。

 国家関係の常として、表向きには友好な関係を結んでいたとしても、完全に信頼しきるわけにはいかないものだ。安心させて一気に叩く、そういった戦法で侵略されないとも限らないからだ。


 今現在は平和な世の中だと認識されているが、それでも、もしものときには国民全体の命にも関わる事態にもなりかねない。普段からスパイなどを放って諜報活動を行うのは、公にはされないものの、国としての健全な機能の一部と言ってもいいだろう。

 スパイを送られている側の国も、仮にスパイ本人を特定できたとしても、捕らえたり殺したりはしない。

 その行為自体が国家関係の裏切りと見なされ、周りの国が手を結んで一気に侵攻してくる可能性もあるからだ。


 つまり、お互いわかっていても見て見ぬふりをする、というのが常識となっている。それが友好な関係を続けていくためには重要なのだ。

 猫目姫も、そのあたりの事情はわかっているのだろう、とくに追求はしなかった。


「どうやら、ディル王が極秘裏にこのブリリアント帝国に入り、皇都のとある場所に滞在しているらしいのです」

「とある場所?」

「スノーフレークという場所です。表向きは薬などの調合をするための施設で、一般市民に販売もしているようですが」

「……にゃるほど」


 ひとりで納得している猫目姫。

 私とエリーが怪訝な表情をしているのを見て取ったのか、解説を加えてくれた。


「これは秘密事項にゃのだけど、この国には、特殊部隊というのがあるにゃ」


 ブリリアント定刻には、役割ごとに分けられたいくつかの特殊部隊が存在している。

 それは近隣諸国の制覇を目論んでいた、建国当時からの名残だとも言える。

 近隣諸国と講和条約が交わされ平和となった現在、帝国の名こそ残ってはいるものの、黒曜帝のあの性格と平和主義的な統治のせいか、特殊部隊はほとんど機能していなかった。


 とはいえ、それを生業としていた人数の多さもあり、部隊を完全に廃止することはできなかったようだ。

 いざというときのため、という建前のもと、各部隊の隊長を中心として訓練などが続けられている。


 黒曜帝は、それぞれの部隊をさらに束ねる立場として、ひとりの男に特殊部隊全体の指揮・統率を任せていた。

 その男がアレキサンドライト――通称アレックスと呼ばれる軍人だった。

 アレックスは武術に長け、知識も豊富で、人をまとめ上げる能力としても申し分ない人物。まさに適任といったところだろう。


 ただ部隊内部では、不満の声が上がっているのも事実なのだとか。

 アレックスの統率が悪いわけではない。今の黒曜帝に関する不満だ。

 平和ボケしたダメ皇帝、などと陰口を叩く者さえいるようだ。その報告は黒曜帝も受けていると思われるが、とくに咎めるつもりもないらしい。


 今のところは、アレックスがそういった不穏分子もどうにか抑えていると考えられた。

 そんな中ではあるが、各部隊の活動や訓練は続けられている。そして、特殊部隊の中には、魔法研究をする部隊も存在している。

 魔法研究には大規模な敷地が必要らしく、そのための設備を有しているのが、「スノーフレーク」という施設なのだという。


 表向きは医療施設として調合された薬の販売などをしているため、一般市民でも店に入ることはできる。とはいえ、敷地の奥にある多くの建物には、一般市民の立ち入りが許されていなかった。

 それらの建物の中には、地下実験場もあると言われている。そのあたりは猫目姫でも把握していないようだが。

 ともかく、そういった場所のどこかで魔法研究は極秘に進められているはずだと、猫目姫は語った。


「どうやらそのスノーフレークで、特殊な魔法の開発が成功したらしいのですよ」


 あくまでも噂なのですが。そうつけ加えながらローズ王妃が言葉を添える。

 噂だと強調していることから、カラット王国の諜報部でも事実関係は把握できていないと考えられる。


「それが今から一週間ほど前、と言われています」


 一週間前……。

 エメラリーフ姫がさらわれたのも、ほぼそのくらいだ。それに、姫を連れ去る際には魔法の力が使われたのではないか、という憶測もあった。

 これは、はたして単なる偶然なのか……。

 エリーも目を伏せ、考え込んでいるようだった。おそらくは、私と同じことを考えているに違いない。


「そしてそのスノーフレークに、ディル王が滞在しているというのです」


 なるほど。

 魔法の件が噂以上の確認はできていないものの、なにかしらのつながりがある可能性が高い。

 状況的に、そう考えるのも自然な流れだろう。


「特殊部隊すべてが手を組み、それらを統率して反乱を起こせば、今の帝国の防護では防ぎきれないでしょう。杞憂であることを望みますが、念のため警戒・調査はすべきかと。私たちはそれを進言するために来たのです」

「僕は猫ちゃんに会いたかっただけだけどね!」


 ははははは! と笑っているトパルズに、重苦しい空気が一気に白けた感じを受けた。


「もちろん、あくまでも噂話です。私たちは長居するわけにはいきませんので、これで帰ることに致します」


 トパルズを促して立ち上がるローズ王妃に、猫目姫が低い声をかける。


「……用件はわかったにゃ。助言感謝致します。でも、それをなぜ私に? この場で話したということは、父上や母上には伝えていないということでしょう?」

「考えたくはないのですが、皇帝自身が首謀し周辺諸国の制圧を目論んでいる、という噂もあるのですよ。あの方がそのような考えを持つとは思えませんが、安全のためです。私たちが長く留まらずにすぐに帰るのも、念のための対策を我が国でも進めておく必要があると判断したからです。言うまでもなく、何事もないことを望んでおりますけれど」


 わずかに振り返り、猫目姫に向けたローズ王妃の視線は、とても優しげだった。

 大変かもしれませんが、頑張ってくださいね。私には、王妃の瞳がそう語っているように思えた。


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