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謁見の間に入ってきたふたりは、やけに豪華そうな服を着た、見たことのある姿だった。
「下がりなさい、無礼者。私たちはカラット王家の者ですよ!」
侵入者を押し留めようとする衛兵を、凛とした声で一喝する女性。
――カラット王家の者。
そう、それは、カラット王国のローズクォーリア王妃だった。
その横には、王子であるトパルゼリアーノが、どこかいやらしい雰囲気を漂わせる笑みを浮かべながら立っている。
「猫目姫に会いに、はるばるやってきたのです。黙って通しなさい!」
王妃の威圧的な声に、衛兵たちは身動きもできなくなる。
そんな衛兵たちのあいだをすり抜けるように、しずしずと歩き始めた王妃。トパルズもそれに続く。
「ごきげんよう、猫目姫。突然の訪問、失礼致しました」
姫の前まで歩み出ると、ローズ王妃は恭しく頭を下げた。
「お久しぶりです、ローズ王妃。ようこそ、いらっしゃいました」
猫目姫も頭を下げ、王妃に答える。
そして、すっと視線を横へ。そこにいるのは、トパルズ王子だ。
「やぁやぁ、猫ちゃん! 今日も可愛いね!」
そう言いながら猫目姫の両手を握る。いつもどおりのトパルズだった。
やはりこいつは、いつでもどこでもこんな調子なんだな。
うんざりしていた私の耳に、予想外の声が届いた。
「トパちゃん、お久しぶりにゃ~! 相変わらずトパちゃんもカッコイイにゃ!」
「あっはっは! 猫語も相変わらずだねぇ~!」
両手を握って笑顔で話し始めるふたり。
猫目姫に、トパルズ王子のことを嫌っているような様子はまったくない。表面上の対応ではなく、心から再会を喜んでいるように見えた。
「猫目姫、昔からトパルズとすごく仲がよかったの」
エリーが小声で解説を入れてくれる。
そうなのか……。「あの」トパルズなのに……。
「僕も驚いたんだけどね。でもなんか、気が合うとか、そんな感じなのかな?」
確かにエリーの言うとおり、ふたりが仲よしなのは誰の目から見ても明らかだろう。
両手をつないだまま、飛び跳ねるように笑い合っている。今にも踊り出しそうなくらいだ。
「おや。そちらにおられるのは、エメラリーフ姫ではありませんか」
ローズ王妃が、ふと私たちの存在に気づいて声をかけてくる。
すぐそばにいたのに気づかないなんて、と思われるかもしれないが、王族というのはたいてい従者などがそばについているもの。
そのため、服装などから一見してきらびやかでないような者の存在なんて、あまり気にしないのが普通なのだ。
私はエリーの従者として来ているため目立たない格好をしていた。
エリー自身も突然の訪問で王様も王妃様も同伴していないことから、お忍びで会いに来たように装い、王族としてはかなり質素な衣装に留めていたのだ。
「おぉ~、エリー姫! 僕が来ることを察知して待っていてくれたんだねぇ~! いや~、なんて健気で可愛いんだ、キミは!」
……そんなわけないだろ!
裏拳でツッコミを入れたい衝動をどうにか抑える。
「おや? そちらのお嬢さんは、お初にお目にかかるね」
「こちらは、私の従者の、ルビーです」
エリーの紹介に、軽く会釈をする。
「初めまして、お嬢さん! 僕は知ってのとおり、カラット王国の王子、トパルゼリアーノだ! 気軽に、トパルズと呼んでくれていいよ! 女性としては少々大柄だけど、とても美しい顔立ちをしているね!」
素早く私の両手を握ってくるトパルズ。
というか、顔が近すぎだ!
思わず顔をそむけてしまう。
「おお、その恥ずかしがる様子も、キュートで愛らしい!」
うがぁ~! こいつ、どうにかしてくれ!
横目でエリーに助けを求めるが、苦笑いを浮かべているだけだった。
ともあれ、ここで女装していることがバレてしまうわけにもいかない。この場はどうにかして切り抜けるしかないだろう。
「そ……それよりも、猫目姫になにか御用がおありだったのではないのですか?」
引きつった笑みを浮かべつつ、どうにか声をしぼり出す。
「その少しかすれ気味の声もラブリーだね! ……と、そういえば、そうだった。猫ちゃん、とりあえず座らせてもらうよ」
ささっと握っていた私の手を離し、トパルズはテーブルに着く。
ローズ王妃はすでに腰を下ろし、お茶をすすっていた。
☆☆☆☆☆
「おお、この果物は、甘さと酸っぱさの割合が絶妙なハーモニーを奏でているようだね!」
「うみゅ。これは、あちきの一番にお気に入りなのにゃ!」
メンバーは入れ替わったものの、結局、和気あいあいとした団らん風景となっていた。
……猫って柑橘類が苦手なのでは。
そんな的外れなツッコミを頭の中に思い浮かべてしまうほど、私はこのほのぼのした空気に飲み込まれていた。
衛兵たちですら、気を抜いてしまっている状態だ。もしもこれが油断させるための作戦だったら大変なことになるところだが。
ローズ王妃とトパルズ王子には、そんな様子は一切見られなかった。
「……ところで」
ふと猫目姫が話題を切り替える。
声のトーンは、明らかにさっきまでとは違っていた。
「こんな他愛もないお話をするために来たのではないのであろう? そろそろ本題に入ってもいいのではにゃいか?」
微妙に猫語が緊張感を削ぐが、そんな猫目姫の言葉に促され、ローズ王妃も、そしてトパルズ王子でさえも、真面目な表情に変わる。
「わかりました。実は猫目姫にとある報告をしに来たというのが訪問の用件です。エリー姫もいますし、ちょうどよかったかもしれません」
一度目を閉じ一呼吸おいてから、王妃は続けた。
「今、このブリリアント帝国に、ジュエリア王国のディアモルド王が極秘裏に来ているようなのです」