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「エリーちゃんは、相変わらず可愛いわねぇ」
「こはちゃん、ありがとう~! こはちゃんも相変わらず、綺麗だよ~」
「ふふふ、お世辞も上手になって。私なんて、もうただのおばさんよぉ」
「え~? そんなことないよぉ~!」
これが一国の姫と帝国の皇后との会話だとは到底思えなかったが、事実さっきからずっと、目の前でこんなほがらかな雰囲気の会話が繰り広げられていた。
姫とその従者としてブリリアント帝国の城へ赴くと、私たちは謁見の間へと通された。
そこでは、黒曜帝、琥珀妃、そして猫目姫が迎えてくれた。
謁見の間はかなりの広さがあり、少し離れた位置には衛兵たちが立っていた。このあたりはさすが帝国といった雰囲気ではあったのだが。
最初に口を開いた黒曜帝の言葉からして、
「いんやぁ~、遠路はるばる、よぉ~く来なすった。さぁさ、まずはお茶でも……」
というものだった。
穏やかそうに目を細め、白いアゴ髭を手で弄びながら、私たちを座席へといざなう皇帝。
低めのテーブルの上には、お茶とお菓子が用意され、床に直に置かれたクッションの上にそれぞれが座る。家族の団らんといった雰囲気だった。
ここは本当に謁見の間だっただろうか?
自分たちの周りだけを見ると、疑問に思ってしまう。
これがブリリアント帝国の流儀なのだろうが、訪れるのが初めてだった私はかなり面食らってしまっていた。
長い髪の毛を編み込み、いつもどおりエメラリーフ姫に変装したエリーに、猫目姫が楽しそうに話しかけている。
帽子を深々とかぶり変装していたつもりだろうが、そのつり目気味の綺麗な瞳と顔立ち、一目見てすぐに同一人物だとわかった。
間違いなく昨日一緒に遊び回った女の子だ。
「それにしても、ルビーと言ったか? そちらの従者は、おとなしいにゃ~」
そう言いながら、猫目姫はいくつかのお菓子を私の手前に置いてくれる。
軽くお辞儀を返すも、言葉は出せなかった。
エリーの提案どおり、私は今、女装させられている。
エリーはすごく嬉しそうに私に化粧を施し、ひらひらの服を着せ、満足そうな笑顔を向けた。
確かに、これが私なのか? と思うほどの出来栄え。ぱっと見、女性にしか見えないのは確かだろう。
バカでかいというわけではないものの、身長の高さが少々気にはなるが、エリーに言わせれば、スラッとしててカッコいいよ! とのことだった。
実際、この謁見の間へと通され、エリーから従者のルビーだと偽名で紹介されたあとも、まったく疑いを持たれていないのはよくわかった。
とはいっても、声まではどうしようもない。
無理して高めの声で喋るようにはしていたが、いつボロが出るかヒヤヒヤしている状況だ。
私がなるべく声を出さないように努めているのも、当然というものだろう。
「そうだ、そいえばさ。ちょっと噂を聞いたんだけど……。なんか、私が黒ちゃんたちにさらわれたとか、そんなの」
相変わらず、ど真ん中ストレート。直球勝負なエリーだった。
しかし、なにやら間抜けな話だと思うのは、私の気のせいだろうか。
「……ほうほう。噂が本当だったら、今目の前にいるエリーちゃんは、何者だというのにゃ?」
「う~ん、実は双子の弟だったりして?」
唐突に、思いきり真実を口にするエリー。
さすがに私は少々焦った。
いくらなんでも、そこまで直球勝負しなくても……。エリーのことだからきっと、つい口から出てしまったのだろうが……。
「きゃはははは! 妹ならともかく、弟なんてあるわけにゃいじゃん!」
真実だと言うのに、まったく取り合ってもらえない。
まぁ、見た目も雰囲気も声も仕草も、完全にエメラリーフ姫そのものなのだ。そうそうバレたりはしないだろう。
ただ、ちょっとエリーが苦笑い気味なのを、私は見逃さなかった。
エリーの奴、実は内心不満に思っていたりするのかな。
確かに旅に出てから、「可愛いお嬢ちゃんだねぇ」なんて言われるたびに口を尖らせていたっけ。別のことに意識が向いているときには、まったく気にならなくなるようだが。
「エリーちゃんはほんと、かっわいいねぇ~。養子にもらいたいくらいだわぁ~」
「なぁ~にを言うておる~。そんな本当のことを言ってしまってはぁ~、猫目姫に悪いじゃろぉ~」
「おほほほ、そうですわねぇ~」
……なにげにこのふたり、ほがらかな口調で娘に対してひどいことを言っているな……。
もっとも当の猫目姫自身は、まったく気づいていないのか、それとも気にしていないだけなのか、相変わらずエリーとの会話に頬を緩ませていたが。
「……と、そろそろぉ、わしらは退室させてもらおうかのぉ~」
「そうですわねぇ~。あとは若いもの同士で~、なんちゃって。ふふふ」
どっこらしょ、という声が聞こえてきそうな仕草で立ち上がった黒曜帝と、それを優しく支える琥珀妃。
ほのぼのとした雰囲気を残したまま、ふたりは謁見の間を去っていった。
☆☆☆☆☆
「ところで……」
突然猫目姫が声のトーンを落として話し始める。
この程度のささやき声だと、謁見の間の隅に待機している衛兵たちには聞こえないだろう。
「父上母上がいたから黙っていたが、実は気になることがあるにゃ」
そう切り出した彼女の目は、さっきまでのほがらかな一家団らん的な雰囲気とは明らかに異なった鋭さに変わっていた。
思わず、私とエリーも真剣な眼差しで猫目姫の言葉に耳を傾ける。
「さっきの噂の話だけどにゃ、実は私も聞いていたのにゃ」
猫言葉のせいで、緊張感は台無しだったわけだが。
「このところ、その調査の目的で変装して町へと繰り出しているのにゃ。あまり成果は上がっていないけどにゃ」
「……遊んでるだけだからじゃ……」
「うにゃ? なにか言ったかにゃ?」
「い……いえ、なにも」
思わずぼそっとツッコミを入れてしまっていたエリー。だが、その気持ちはよくわかった。
「ともかく、調査のかいもあって、ようやく核心に迫る情報を得ることができたのにゃ」
どうだ、えっへん! と言わんばかりに、猫目姫は胸を張る。
それにしても、よくあの調査で……というか遊んでいるだけで情報が得られたものだ。
猫目姫以外にも調査に出ていて、その誰かが得た情報を、さも自分の手柄のように話しているというのが、一番考えられる可能性だろうか。
「そうですか、さすがですね。……それで、その情報というのは……」
まったく喋らないのも不自然だろうと思ってはいたため、声のトーンを落とした今なら大丈夫だろうと考え、私は猫目姫に話を促す。
もちろん、その話の続きを早く聞きたかったというのもあるのだが。
猫目姫が鋭い眼光を伴って口を開こうとした、まさにそのとき。
なにやら謁見の間の外が騒がしくなったかと思うと、不意に部屋のドアが乱暴に開かれ、ふたりの人影が押し入ってきた。