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私とエリーは、ブリリアント帝国の皇都、セミナピッツに来ていた。
トランスファールからセミナピッツまでは、馬を走らせても一日では着かなかった。
休まずに馬を走らせれば着くかもしれないが、馬ももたないだろうし、それ以上にエリーが心配だ。
ある程度の休憩を挟みつつ、小さな村で宿を取り、ようやく目的地に到着したところだった。
今日も朝から馬を走らせ、少しばかりの休憩を挟んだ程度でここまで来た。
時間は昼過ぎ。
おなかぺこぺこだよ~、というエリーの言葉に従って、すでに昼食を済ませたあとだ。
ともかく情報が欲しいところではある。
しかし、どうしたものか。
やはり酒場が常套手段とも思うが、まだ昼だ。
真っ昼間から酒を飲んでいる人もいないわけではないが、日もまだ高いのだから自分の目でいろいろと見て回っておくのも悪くはないか。
そう納得させようと努めていた。
……なぜ、そんなふうに考えているかと言えば、当然ながら原因はエリーにある。
「ルビア~、見て見て! お花の時計があるよ~! すごぉ~い!」
大はしゃぎのエリー。完全に観光気分だった。
皇都といえば、物々しい雰囲気に包まれた大都市を想像するのではないだろうか。
少なくとも、私はそうだったのだが。
だが、私たちが足を踏み入れたこの皇都セミナピッツは、そんなイメージからはかけ離れた場所だった。
私たちの目の前には今、ほのぼのとした田園風景が一面に広がっている。
確かにセミナピッツの都市が広がる範囲を見れば、土地自体の広大さは驚くべきものだ。
ただ、ほとんどの家々は明るめの色調で彩られたレンガ造りの一軒家で、それぞれが敷地内に広い庭を抱えていた。
柔らかな春色の草がいっぱいに生える庭には、果物をたわわに実らせた木々が植えられている。
咲き誇る花々の香りに誘われて、綺麗な羽根を身にまとった色とりどりの蝶々たちがひらひらと舞い遊んでいるのも、存分に目を楽しませてくれる要素になっていると言えるだろう。
家だけではなく、公園なども相当な敷地を有しており、町全体のほのぼの感を増す役割を果たしているようだ。
また、街道はしっかりと舗装されているのだが、両脇に花壇が造られていたり並木道になっていたりと、雰囲気を大切にしている印象が見受けられる。
エリーは長いあいだ、基本的に城から出られない生活を続けてきた。
だからこそ、自然が大好きなのだ。
ジュエリア城の中庭に頻繁に足を運んで、わずかばかりの自然に身を委ねていたのも、広大な大自然の中に飛び出してみたいという願いがあったからなのかもしれない。
と、そんな感慨にふけっている場合ではなかったな。
いつものことではあるが、エリーの明るい笑顔を見ていると、ついつい、なにも言えなくなってしまう。
皇都の中にある、人の手が加わっているであろう自然でも、これだけ幸せそうにはしゃぎ回れるとは。
ここは皇都とは思えない穏やかな雰囲気が漂っているし、その気持ちもわからなくはない。
急いでいる状況でなかったら、もっと広大な草原やら花畑やら湖やらにいくらでも連れていってやりたいところなのだが……。
「ん? ルビア、どうかした?」
「いや、なんでもない」
ふぅん? と、エリーは首をかしげる。
池の円周に作られた遊歩道を、肩を並べて歩いていたそんな私たちに、突然声がかけられた。
「やはり、ここはいつも清々しいにゃ~。お前たちも、そう思うであろう?」
初対面の私たちに対して「お前たち」とのたまうその女の子は、つり目気味の瞳をキラキラと輝かせながら、若干ぎこちない足取りでぺたぺたと私たちのもとへと駆け寄ってきた。
汗ばむほどではないものの、それなりに暖かい陽気の中で、なにかの動物の毛皮で作られたモコモコの服をまとい、帽子を深々とかぶっている。
帽子には、猫の耳のような飾りまでついているようだ。
そういえばさっき、言葉の語尾に「にゃ~」とつけていたような気がする。
ちょっと……痛い子、なのだろうか?
私は思わず、少々失礼な感想を持ってしまっていたのだが。
「え~っと……」
どう答えたものか戸惑っていると、その女の子が私とエリーの手をつかむ。
「ここで会えたのもなにかの縁かもしれないと、あちきは思うのにゃ。というわけで、一緒に遊ぶのにゃ!」
問答無用で、私とエリーは女の子に引っ張られた。
困惑の表情を浮かべながら引きずられる。
ふとエリーの顔を見てみると、なにか言いたそうな様子だった。
「どうかしたのか?」
「え? う~んと……、ま、いいや。なんでもない」
ま、いいや、なんて言ったら、なんでもないわけはないのが丸わかりだと思うのだが……。
とりあえず今は、この問答無用猫娘のほうを優先すべきだろう。
とはいえ……。
おいおい、キミは一体誰なんだ?
どうして私たちを連れ回すんだ?
なぜ猫言葉なんだ?
といった、私からの悲痛な詰問の声は、一切合切完璧に無視された。
私とエリーは辺りが夕陽で茜に染まる頃まで、その女の子に引きずられるように公園やら河原やら花畑のある丘やらをひたすら足早に巡る羽目になった。
そんな状況であっても、エリーはその女の子と一緒に楽しそうに微笑んでいた。
結局ただひとり、私だけが、姫を探さなければいけないという今このときに、こんな無駄な時間を過ごしていていいのだろうかと、頭を悩ませ続けるのだった。