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姫王子が往く!  作者: 沙φ亜竜
チャプター3 カリナン公国とラピス姫と
20/39

-6-

 ふたりのあとを追って町外れの薄暗い林の中まで入った私は、さすがに怪しんだのだが。

 視界が開けた先に現れたのは、一軒の古びた屋敷だった。


 フローライトが「おーい、帰ったぞー!」と声を上げると、中から小さな子供たちがわらわらと出てきた。

 その人数の多さに少々驚いたが、子供たちはみな、笑顔で「お帰り~!」とふたり組を迎えていた。

 少なくとも、さらってきたような子供ではないのは明らかだった。


 私たちを引き連れて屋敷に入ったフローライトは、部屋の片隅からなにかを取り出した。

 それは、エリーの指輪だった。


「本当は、金目の物のようだから適当に売りさばくのがいいと思ったんだが。さすがに王家の紋章入りってのはヤバそうだし、ここに隠してあったんだ。今回の仕事の件もあったから、持ち歩くわけにもいかなかったしな」


 フローライトはエリーの指にそっとその指輪をはめる。

 本物だとまでは思わなかったかもしれないが、王家の紋章が入っていることには気づいていたようだ。


「ありがとう」

「盗んだ物だしな、非難はされても、お礼を言われる筋合いなんてないだろうさ」

「ん、でも、ありがとう」


 微かに照れている様子のフローライトに、エリーは温かな笑顔を向けていた。



 ☆☆☆☆☆



 あまり綺麗とは言えない食堂へと通された私たちに、ガーネッタが紅茶を注いでくれた。

 薄汚れた椅子に座り、落ち着いたところで、フローライトは話し始めた。


「ここは昔、誰かが住んでいた屋敷だ。誰が住んでいたのか、そいつはどうなったのか、それはわからないが。ともかく、捨てられて空き家となっていたこの屋敷を見つけたんだ」


 フローライトとガーネッタはもともと、ブリリアント帝国で皇帝を守る特殊部隊の一員だったらしい。

 特殊部隊にもいくつか種類があるのだが、その中でも隠密行動を専門に行なうチームとして訓練を受けていた。


 ふたりとも孤児だった身の上で、宿舎まで用意され、食事も出されるその待遇に満足してはいた。

 しかしいつしか、もっと広い世界を見たいと考え、ふたりで協力して抜け出すに至った。


 それまで世話になった人々に悪いという思いはあったものの、様々な世界への好奇心のほうが勝ってしまったようだ。

 新天地を求め、ここカリナン公国まで来てみたが、お金もない状態だった。そんな中、住まいとするのにうってつけなこの屋敷を見つけた。

 だが、先客がいたという。

 それが先ほどの孤児たちだった。


 貿易でそれなりに豊かな国になってはいるが、しっかりとした対策が施されていない場合、貧富の差は激しくなってしまうものだ。

 住む場所のなかった彼らは、この空き家を見つけて暮らし始めた。

 やがて同じような境遇の子供たちが、ここに集まるようになったらしい。そして、協力して日々を懸命に生きていた。


 この屋敷に住んでいた、そんな孤児たち。

 自分たちも孤児だったことから、孤児たちがどうやって生きているのかは想像がついたという。

 安い賃金をもらって働いている子も、中にはいただろう。でもそのほとんどが、盗みを働くなど、捕まったら罰せられるようなことをしながら生きていたはずだ。


 孤児にだって生きる権利はある。だからといって、こんな生活のままでは幸せにはなれまい。

 そこでフローライトとガーネッタは、自分たちが稼いで孤児たちを養おうと考えた。


「ま、だからといって、あたいたちにも仕事のあてなんてなかったからね。手っ取り早く稼げる方法を見つけなければならなかったのさ。それで目をつけたのが、ふたつの元貴族とかいう怪しい集団だった」

「なるべくならヤバい仕事は避けたいとは思いつつも、いい稼ぎになる仕事を選ぶなら、少々危険なことになってしまう。もっとも、実はカラット王国に出向いたのが、最初の仕事だったんだけどな。その途中でこの指輪を、その……ついつい拝借してしまった。豪華そうな物だし売ってしまおうと考えたんだが、王家の紋章入りの代物では、俺たちじゃ簡単に売りさばくことはできなかった」

「実は精巧に作られた模造品だと思ってたんだけどさ。そうだとしても、王家の品を偽造することだって犯罪だからね」


 穏やかな声で、フローライトとガーネッタは語ってくれた。


「なるほどな。そうやって困っているあいだに、別の仕事の話が舞い込んできたというわけか」

「そうだ。しかし、どうやらこれは、俺たちがレモネード団のほうに加担していると知ったスイカ団の策略だったみたいだな。王家の屋敷に忍び込ませて捕まれば、俺たちがレモネード団に雇われた者だというのもバレて、評価が下がると考えたんだろう」

「そうなんだ。でも、やっぱり盗みを働くなんて、いけないことだよ。ここにいる子供たちのためなんだから、カリナン公だって援助してくれるんじゃないかな? それに、今すぐとは言えないけど、ジュエリア王国からだって支援できると思うよ」


 エリーはそう言った。自分の指輪を盗んだ彼らに。

 指輪を盗んだ理由はわかったが、それでも罪は罪だろう。それなのに、エリーは彼らを責めたりはしなかった。

 それどころか、逆に積極的に支援したいとまで……。

 エリーの言葉を聞いて一番驚いたのは、言われた当人であるフローライトとガーネッタのほうだっただろう。


「ありがとう、そう言ってもらえるのは嬉しい。でも、俺たちはすでにエリー姫に助けられた身。これ以上迷惑なんてかけられない」

「そうだね。この国に住み続けるつもりだから、カリナン公国全体として、底辺にいる者たちにも目を向けてもらえるようになれば、暮らしやすくはなると思うけどね。でも、直接の施しは受けないつもりさ。あたいたちは、自分の力で生きていく。……もちろん、真っ当な仕事をしてね」


 ガーネッタの瞳は力強く輝いていた。フローライトも、心なしか目を潤ませながら、大きく頷いていた。



 ☆☆☆☆☆



「それにしても、本当にジュエリア王国のお姫様だったとはねぇ」


 まじまじとエリーを眺めるガーネッタ。エリーはその視線を、たじろいだりもせず、真っ直ぐ受け止めている。

 本物の姫ではないものの、王族としての威厳も少しは出てきたと言えるのかもしれない。


「悪いが、隠密で旅をしている身の上だ。他言は無用で頼む」


 真面目な表情で声を落としてお願いする私に、ふたりも黙って頷いた。


「わかった。余計な詮索もしない」

「ありがとう。ただ、少しだけ質問に答えてほしい。ジュエリア王国に関して、妙な噂などが話題に上ったりしているのを、ここ最近で聞いたことはないか?」


 せっかく詮索しないと言ってくれているのに、こんなことを訊いてしまうのもどうかとは思ったが、今回の旅の目的はエメラリーフ姫の行方を探すことなのだ。

 たとえどんな些細な情報でも欲しいのが実情だった。


「そうだねぇ……。そういえば、ブリリアント帝国がジュエリア王国の成人したばかりのお姫様を連れ去った、なんて噂が一時期流れたんだよ。ま、実際ここにそのお姫様がいるんだから、単なる噂だったってことだけどさ」

「ほう。それはまた、どうしてそんな噂が流れたんだ?」


 単なる噂話に私が食いついたことを不審に思ったようだったが、詮索はしないと宣言したからか、ガーネッタは素直に答えてくれた。


「ブリリアント帝国には、極秘裏に魔法を研究している団体ってのがあってね。皇帝を守る特殊部隊のうちのひとつなんだけど、どうもその研究所ってのが、いろいろと後ろ暗い面があるというか、昔から妙な噂がたくさんあってさ……」


 魔法――。

 それは、この世界では基本的には絶滅したものと考えられている。


 過去には魔法王国が栄えた時代があったらしく、今でも魔法の力が込められた道具は発掘される。

 それらの道具の中には、使うためにある程度の素質が必要な物も多い。

 そのため今現在では、それらの道具を使える人のことを、魔法使いと呼ぶようになっている。


 魔法使いは魔法の道具を使える者のこと。

 すなわち、自ら魔法を使える人――魔術師と呼ばれるような人は、今の世の中にはいない。

 そう考えるのが一般的だ。


 魔法の力の強大さは、魔法王国時代の文献などから知られてはいる。

 だからこそ、それを研究して復活させようとしている団体も少なくはない。

 しかしどの団体も、魔法を復活させる足がかりになりそうな理論すら発見できていないと言われている。


 国自体が関与するほど大規模な魔法研究団体の話も、私は初めて聞いた。

 国家レベルでのプロジェクトであれば、多くの資金を使えるだろうし、可能性も広がるかもしれない。


「その研究所でなんらかの発見があったという話が出たんだよ。数ヶ月前だったかねぇ。あたいたちが逃げ出す少し前だから、間違いはないはずさ。ただ、どういうわけか、それ以降そういった話題は聞かなくなった。

 帝国を出てこの国に入ってからも、レモネード団の関係者に探りを入れたりしていたんだけどね。魔法関連の発見の噂話なんて、まったく聞かなかった。単なる噂だったのか、極秘事項になっていてこの国にまで伝わっていないだけだったのかは、あたいにはわからないけどさ」


 ブリリアント帝国、そして魔法研究か……。


 エメラリーフ姫がさらわれたときの状況から、魔術師が関わっているのではないか、といった憶測もあった。

 それが現実味を帯びてきたということか。


 今の時点では、帝国が関わっている証拠などなにもないし、単なる偶然にすぎないのかもしれないが。

 それでも、大きな手がかりなのは確かだ。


 姫が帝国に連れ去られたという噂もあったとガーネッタは言っていた。

 本当に連れ去っていたとしても、魔法まで使えるのだとしたら、そんな噂が流れるようなヘマもしないとは思うのだが……。

 どちらにしても、一度確かめてみる価値はあるだろう。


 ふと、横に座っているエリーに目をやると、うつむいて、なにかつぶやいていた。


「ん? エリー、どうした?」


 私の呼びかけにすら気づかないようだ。顔を近づいてつぶやきに耳を傾けてみる。


「そんなわけ、ないのに……」


 ――? どういう意味だ?


「おい、エリー?」


 私はエリーの両肩をつかんで揺する。

 はっと我に返るエリー。


「どうしたんだ? そんなわけないって、どういうことだ?」

「えっ? なに?」


 とぼけているのか、なにを口走っていたか本当に覚えていないのか、エリーは我に返ってもなお、ぼやけた表情を私に向けていた。

 疲れているのかもしれないな。少々話し込みすぎた。


 時刻はもうすでに深夜となっている。

 この家にいる孤児たちの騒がしい声も、いつしか聞こえなくなっていた。


「すまないが、今日はここに泊めさせてもらえないか?」

「ああ、構わないよ。部屋はたくさんあるしね」


 私たちはひと部屋用意してもらい、そこで休むことにした。


 明日はブリリアント帝国へ旅立とう。

 忙しい旅路になってしまい、エリーの体調も心配ではあるが、ともかく姫の行方を早めにつかまなければ。

 そう考えながら、私は眠りに落ちていった。


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