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「この屋敷に、そんな高価な物なんて、あるはずがないのですよ」
相変わらずたおやかな微笑みを浮かべたまま、ラピス姫は先ほども口にした内容を繰り返し、語り始めた。
「あなた方は、どちらの手の者ですか?」
どちらの。それは、ふたつの元貴族である団体のどちらの手の者なのか、ということだ。
「レモネード団だが、たまたま金で雇われただけだ。シトリン公に恩義があるわけじゃない」
フローライトが淡々と答える。
それは嘘ではないのだろう。シトリン公をかばっているような言い方ではなかったからだ。
「それで、先ほど騙されたと仰っていましたよね? どういうことですか?」
「この屋敷に秘蔵の宝があるという噂を聞いたレモネード団の幹部連中が、資金拡充のためにそれを欲している、という連絡を受けてね。あたいたちは、ちょいと町を離れててさ。カラット王国での『仕事』に失敗したってのもあって、なにか実績を上げなければならなかったってわけ」
フローライトに代わって、もうひとりのガーネッタが髪をかき上げながら答える。
「それでこの屋敷に忍び込んだ、と?」
「そういうことさ。ちゃんと情報収集しなかったこっちも悪いんだけどさ、入ってみたらなんだい、この厳重な警備は。……姫様、あんたはここにはなにもないと言っていたのに、この警備は尋常じゃないと思うんだけど?」
確かに守るべき物がないにしては、衛兵の数が多すぎる。それは私も感じていた疑問だった。
「あらあら。ただ単に噂を流して、ふたつの団体の目をこちらに向けたかっただけですわ」
どうやら、ここに秘蔵のお宝があるという噂の出処は、この屋敷自体だったようだ。
ふたつの団体の首領であるシトリン公とトルマリン公。
トランスファールに住まうことを許されてはいるものの、反乱を企んでいるといった噂はやはり絶えない。
また資金を集めるために様々な活動をしているというのも、カリナン公の耳に入っていた。
国内だけの話ならば自らの力でどうにかできるが、国外にまで被害が及んでいるとなっては国際問題にも発展しかねない。
もちろん単なる噂だという可能性もあるが、少なくとも他国での窃盗などはあってはならないと考えた。
そこで、目先にもっと美味しい餌を撒けば勝手に飛び込んでくるのではないかと考え、自ら噂を流してみた。
どうやら、そういうことだったらしい。
警備が手薄であれば、噂だけで実際にはなにもないことが一目瞭然なため、ある程度多くの衛兵を屋敷の内外に配備してあったのだという。
「しかしまた、危険なことを……」
思わず声に出してしまっていた。
考えはわからなくもないが、不穏な連中が王家の屋敷の中に入ることになるのだから、とくにラピス姫の身柄が危ないのは確かだろう。
それなのに、姫自身の周辺警護は手薄すぎだ。
「そうですわよね。お父様お母様とともに、私も一緒に考えて出した案なのですけれど。なかなか難しいものですわ」
それでもなお、あまり困ったような表情を見せずに笑っているラピス姫だった。
今の話からすれば、カリナン公もメノウ妃も、ラピス姫とあまり変わらない感じの人柄なのだろう。
この国は、よくこれで揺るがずにやっていけるものだ。
お互いの牽制で王家にまでは矛先を向けていないとはいえ、反乱を視野に入れたようなふたつの団体がすぐ近くに潜んでいる状態だというのに……。
一抹の不安はあったが、それはこの国の者でどうにかすべき問題。私が口出しすることではない。
「それはともかく、エリー姫とお知り合いとのことですが、どういったご関係ですの?」
おっと、そうだった。まだこちらの問題も残っていた。
いったい、どうするべきなのか……。
エリーはなにか考えているのだろうか?
ちらっとエリーを見てみると、再び出されたお茶とお菓子に夢中のようだった。
……エリーをあてにできるわけはなかったか……。
「えーっと……」
さすがに言葉に詰まるガーネッタ。それはそうだろう。
エリーのことを一国の姫だなどとは夢にも思ってもいなかっただろうし、この屋敷に盗みに入って捕まっただけでも焦っていた上に、どういうわけだかこんな状況になっているのだから。
かなり混乱しているに違いない。
「カラット王国でトパルズ王子と謁見したって言ったじゃない? 私は身分を隠すために変装してたんだけど、その帰りにね、ちょっとルビアから離れた隙に、変な人たちに襲われちゃって……。それを助けてくれたのが、このふたりなの」
お菓子に夢中だと思っていたエリーが、はっきりとした声でそう助け舟を出した。
バカがつくほど正直なエリーにしては珍しく、嘘を交えた話ではあったが、助けてもらったということに間違いはない。
そのあたりで自分を納得させているのだろう。一瞬だけだったが、少々苦笑いを浮かべながら私のほうに視線を送っているのが確認できた。
「そう……でしたか。エリー姫は私にとっても友人です。その彼女をお助けいただいた方々だというのに、大変失礼致しました」
深々と頭を下げるラピス姫に、戸惑い気味のふたり組。
「い……いえ、いいんですよ」
そしてふたり組は完全に解放され、私たちとともに屋敷の外まで出た。
門から顔をのぞかせながら、いつまでも手を振っているラピス姫の姿が見えなくなるまで、私たちは笑顔で手を振り返していた。
もちろん私とエリーだけでなく、ふたり組も一緒に……。
☆☆☆☆☆
「ありがとう、助かった」
フローライトが素直に頭を下げる。
「ううん、こっちこそ。カラット国の城下町で助けてもらったのに、ちゃんとお礼も言ってなかったしね」
エリーは笑顔で答える。
ただ、私は警戒を緩めていなかった。
「ルビアさんだったっけね。そう身構えなくてもいいわ。助けてもらった恩を仇で返したりはしないから」
そうガーネッタが優しげな口調で諭す。こういう雰囲気の話し方もできるとは、少々意外ではあった。
ともかく、ジュエリア王国の姫だという素性はバレてしまった。
正確には姫に成りすました王子なのだが、この場合、どちらでもさほど変わらないだろう。
さて、どうしたものか……。
思案していると、フローライトが先頭を歩きながら声をかけてくる。
「指輪を取り返しに来たんだろう? すまなかったな」
やはり、こいつが盗んでいたのか!
「指輪は返すよ。だから、黙ってついてきてくれ」
そう言い残し、さっさと歩き始めるふたり組。
エリーもなんの疑いもなくそのあとに続く。
私自身はまだ警戒したままではあったものの、とりあえずは彼らについていくしかなかった。