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翌日は清々しいほど晴れ渡り、暖かい日差しが中天付近から降り注いでいた。
私とエリーはカリナン公の屋敷に赴き、侍女の後ろについて歩いているところだった。
屋敷の外見からしても、一国の王が住む場所としては驚くほどの控えめな印象だったが、中はさらに輪をかけて質素だった。
掃除も完全に行き届いていないのか、失礼な言い方だとは思うが全体的に薄汚れた感じ。綺麗好きなサーヌ王妃に見せたら、泡を吹いて卒倒しそうだ。
エリーは旅立ちの際に切った髪の毛を編み込み、今回もエメラリーフ姫に成りすましている。
昨日エリーが提案したとおり、ジュエリア王国の姫として、ここカリナン公国のラピス姫を訪ねてきたという名目で通してもらった。
前もって連絡していないわけだし、怪しまれるかもしれないと思っていたのだが、とくに問題なく信じてもらえたようだ。
カリナン公国は、貿易の盛んな国でもある。当然、ジュエリア王国とも貿易を通じて良好な関係を築いていた。
そのため、エメラリーフ姫は何度かラピス姫と面識があった。
言うまでもなく実際に面識があったのは姫で、エリー王子ではない。ボロが出れば、嘘をついているとバレて大変なことにもなりかねないのだが。
久しぶりに会いに来たという話になってはいたが、他にも少々進言したいことがあると侍女に伝えてあった。
念のためではあるが、昨日聞いたふたつの団体についての注意を促すつもりだったし、秘蔵の宝があるという情報が出回っている件も伝えたほうがよいだろうと考えていたのだから、まったくの嘘をついているというわけでもない。
私自身もまだまだ未熟で、失敗を犯してしまう可能性はある。
しかしそれ以上に、エリーがまた突拍子もないことをしでかさないだろうかと、私としては気が気ではなかった。
そんな私の思いをよそに、エリーはたおやかな微笑みを浮かべながら、ゆったりとした足取りで侍女の後を歩いている。
……しかしこう見ると、どこからどう見ても姫としか思えない。さすがは双子、というところか。
侍女もまったく疑いを持っていないようだが、さてエメラリーフ姫と面識のあるラピス姫はどうだろうか。
私は心配になっていた。
☆☆☆☆☆
「本当に、お久しぶりですねぇ」
部屋に通されると、ラピス姫が笑顔で出迎えてくれた。エリーのことは、まったく不審に思っていないようだ。
「うん、お久しぶりです」
エリーも笑顔で答える。
おとなしめな受け答えになっているのは、あらかじめ余計なことを言わないように念を押してあったからだろう。
ラピス姫は綺麗な藍色の長い髪を揺らしながらエリーの手を取り、はしゃいだ声を上げて再会を心から喜んでいた。
なお、侍女は部屋の外に下がらせてある。
私も下がるべきところだとは思うのだが、エリーだけに任せるのは心配だったため、そばに仕えさせてもらっている。
ラピス姫が美しいという噂は聞いていた。確かにその長い髪も、白い肌も、輝く瞳も、本当に目を奪われるほどだった。
しかしそれだけではなく、とても穏やかで大らかな雰囲気を全身からこれでもかとばかりに漂わせている。
それがよりいっそう、姫の魅力を際立たせる要因となっているのかもしれない。
ただひとつ、気になったのは……。
穏やかと言うよりもむしろ、のんびりしているというか、おっとりしているというか、若干度を過ぎたほどのマイペースぶりを発揮している部分だった。
お茶を飲みながら、いろいろと話してくれるラピス姫を見ていて、私はあまりのマイペースさに唖然としてしまっていた。
しばらく、エリーとラピス姫には他愛ないお喋りを楽しんでもらう。それも当初からの作戦のうちだ。
私はそのあいだも同じ部屋にいたが、口を挟んだりはしなかった。
基本的には壁に飾られた落ち着いた雰囲気の絵画などに視線を巡らせ、なるべくふたりの会話の邪魔をしないよう、静かにしていた。
久しぶりに再会できた知人とのお喋りを思う存分満喫できたのか、ラピス姫はふぅ~っと息をついて紅茶に口をつけた。
よし、そろそろ切り出す頃合いだな。
「ところで、ラピス姫。少々町で不穏な噂話を聞きまして。差し出がましいとは思いましたが、一応ご報告を」
私の言葉に、もともとパッチリした大きな目を、さらに少しだけ大きく見開いて驚いた様子を見せるラピス姫。
おそらく話に夢中になりすぎて、私の存在すらも意識しないようになっていたため、いきなり声をかけられて驚いてしまったのだろう。
「あ……あら、なんでしょうか?」
「この町にあるレモネード団とスイカ団という団体、ご存知かとは思いますが、市民からは窃盗団呼ばわりされているようです。単なる噂だけかもしれませんが、念のため注意しておくべきかと存じます」
「あらあら、窃盗団ですか。それはそれは、あまりよいイメージではありませんねぇ」
頬に手を当て、困ったような顔をする。
……本当に困っているようには、いまいち見えない感じではあったが。
ともかく私は、さらに進言を続ける。
「それから、この屋敷に秘蔵のお宝があるという噂も広まっているようです。厳重に警備はなさっているでしょうが、先のふたつの集団が狙ってくるという可能性もあります。用心しておくに越したことはないでしょう」
「あらあら、そうですか。でも、それはべつに構わないのですよ」
ラピス姫はニコニコしながら答える。
構わない……?
それはいったいどういうことなのか。
私が尋ねようとするより早く、エリーが口を挟んできた。
「それとそれと! 僕……じゃなくて、私からもお伝えしたいことがあります!」
どうやら今まで堪えていたが、もうこれ以上は我慢できなくなったのだろう。
エリーにしては、よく耐えたほうだとは思うが。しかし、僕と言ってしまっていたり、明らかに焦りすぎだ。
「えっとね、トパルズのところに行ってきたの! 私、縁談を申し込まれたりもしてて、でも断ってるんだけど、そしたら、カリナン公国のラピス姫も可愛いから先に縁談を決めちゃうぞ、とかって言うの! もしトパルズがラピスちゃんに縁談を迫ってきても、絶対に断るんだよ? 国力の差で無理強いしてきたら、僕の国が助けてあげるからね!」
エリー、かなり滅茶苦茶な発言をしているぞ……。
言いたいことはわかるが、あんな奴とはいえ仮にも一国の王子を呼び捨てにしていたり、ラピス姫を「ちゃん」づけで呼んでいたり、さらには、なんの根拠もなく国を挙げて助けるだとか、すでに普通に「僕」と言っていたりとか……。
微笑みをたたえたまま聞いていたラピス姫に、言葉の意味がすべて伝わったかはわからないが、エリーの心意気は伝わったのだろう。
今までよりもさらに優しげな微笑みを浮かべ、
「はい。心配してくださって、ありがとうございます。私もエリーちゃんのように素敵な殿方を見つけますわ」
そう言って、私のほうに視線を向けた。
――え?
「えぇ? ルビア? あ……あはは! でも、ルビアはそういうのじゃないよぉ!」
少し頬を赤くしながら慌てて否定するエリー。
「ふふ、照れなくてもいいですわよ。見ていればおふたりの関係はわかります」
きっぱりと、ラピス姫はそんなことを言い放つ。
おいおい、全然わかっていないじゃないか。ちょっと思い込みが激しすぎなんじゃないか?
このお姫様、なかなかとぼけた性格をしているのかもしれない。
私は心の中で深いため息をついていた。
☆☆☆☆☆
そんなわけで、どうも話が変な方向に膨らんでしまったが、エリーはとりあえず伝えたいことを言い終えて満足しているようだった。
本物のエメラリーフ姫に関する手がかりも得られないかと考え、ジュエリア王国についてなにか噂になっていることや聞いていることなどはないかと尋ねてもみたのだが、とくにこれといった情報はなさそうだった。
もっとも、ラピス姫はすでにエリーと私の関係とやらにご執心のようで、他のことは耳に入っていなさそうな状態ではあったのだが……。
ともかく、勘違いされて少々居づらい雰囲気になっていたこともあり、これ以上訊き出せる話もないだろうと思った私は、早々に引き上げることにした。
「あらあら、大したお構いもできませんで」
微笑みながら、ラピス姫は私たちとともに部屋を出て一緒に歩き始める。
どうやら玄関まで送ってくれるつもりのようだ。
侍女が少し困ったような笑顔を浮かべているところをみると、姫のマイペースさにいつも辟易しているといった感じなのだろう。
その侍女も含め四人で廊下を歩いていると、奥の通路から不意に騒がしい声が聞こえてきた。
そちらに視線を向けると、衛兵によって両脇から抱えられた男女ふたり組の姿が目に映った。
あ……あいつらは……!