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トランスファールの町は、カラット王国の城下町同様、周囲が高い壁によって覆われている城塞都市だ。
城塞と表現してはいるものの、城を有しているわけではない。もともと公爵だったカリナン一世の屋敷を、今でも王城代わりにして使っている。
ひとつの国として独立してからも、とくに改築などはせず、そのまま公爵家の屋敷を使い続けているらしい。そのため、現在のカリナン四世とその家族は、王家という立場としてはかなり質素な住まいで生活をしていることになる。
活気に溢れた町並みは、レンガを基調とした柔らかい雰囲気に包まれていた。
見たところ、噂に違わず町の治安もよさそうだ。公爵家お抱えの衛兵たちがしっかりと町の平和を守っているのだろう。
とりあえず私たちは、町の中央入り口にある衛兵の詰め所を訪れ、エリーの指輪が盗まれたことを伝えた。
衛兵は事細かに状況を訊き、親身になって盗難品の発見に努めると言ってくれた。
しかし、私たちが望んでいたふたり組の情報に関しては、なにもつかむことができなかった。
半日馬を飛ばしてこの町に着いた直後、すぐに詰め所へと向かったのだが、親身になってくれた衛兵たちに細かく聴取を受けたりした結果、外に出た私たちを迎えてくれた空はすっかり真っ暗闇となっていた。
「エリー、さすがに疲れただろう? とりあえず宿を取るか」
「うん」
珍しく素っ気ない調子で答えるエリー。
どうしたというのだろう?
よくよく考えてみると、今日はずっと元気がなかったようにも思える。
元気がない、というよりは、なにか思い悩んでいるような感じだろうか。
「どうかしたのか?」
「ん……」
尋ねてみても、そんな生返事が返ってくるばかりだった。いつもならば、鬱陶しいほどに話しかけてきて、どんなことでも話してくれるというのに。
気にはなったが、とりあえず私は宿を探すことにした。
もし悩んでいるようなら、宿の部屋を取ってから訊いてみればいい。そのほうが落ち着いて話せるだろう。
食事もまだだったから、単純に空腹で気分が悪いだけなのかもしれないし。
旅人を受け入れるような宿屋は、たいていの場合、酒場も併せて経営している。
食事をしながらエリーの様子を見つつ、周りにいる客の会話にでも耳を傾けてみるとするか。貿易も盛んなこの国の酒場であれば、一般に広まっている噂なら自然と耳に入ってくるだろう。
そんなふうに考え、私はとぼとぼと歩くエリーの手を引きながら、繁盛していそうな宿屋を探し出し、宿泊の手続きをした。
☆☆☆☆☆
「エリー、美味しいか?」
「うん……」
相変わらずの生返事。
夕食が気に入らないというわけではないらしく、うつむき気味ながらも、皿の上の料理は次々と口に運んでいた。
とはいえ、その味を楽しむ余裕もなく、ただ作業的に手を動かしているといった印象だった。
エリーのことは気になるが、ここでいろいろと訊いてしまうのも問題だ。周りではたくさんの客が食事や酒を楽しんでいるのだから。
単なるふたり連れの旅人くらいにしか思われないだろうが、隠密で旅路を往く身、用心しておくに越したことはない。
なんといっても、一度失態を犯しているわけだしな、私は。
「まったく、迷惑な話だよなぁ」
ふと、すぐそばの酔っ払い数人の会話が耳に入ってきた。
「んあ? なにがだぁ~?」
「ほら、あれだよあれ、窃盗団の奴らだよ」
「ああ~、あいつらか!」
「おいおい、声がでけぇよ!」
――窃盗団?
その言葉に、私は神経を彼らの話へと集中させた。
いくら治安のいい町とはいっても、人間のいるところ、犯罪がまったくなくなるということはないだろう。ちょっとした窃盗グループなどがあったとしても、べつにおかしな話ではない。
しかし、今は少しでも情報が欲しかった。
「だいたい窃盗団なんて噂が広まってたら、なにかと問題だろうにな。実際のところ、どうなんだろう?」
「さぁな。ま、どちらにしたって、迷惑な奴らだってのは変わりないさ」
――とりあえず、動いてみるか。
私は彼らのテーブルのほうを向き、声をかけてみた。
「なぁ、あんたたち。その窃盗団ってのは、いったいどんな奴らなんだ?」
「あ~? なんだい、あんちゃんは?」
当然ながら、不審の声を上げる酔っ払い。
「これは失礼。私はカラット王国から旅してきた者なのですが、窃盗団が迷惑かけているというのを笑って話しているというのも、どうなのかと思いましてね。そういう連中は、衛兵たちが取り締まるものなのではないんですか?」
なるべく刺激しない言葉を選んで探りを入れてみる。
もちろん、彼らが快く話してくれるよう、酒を注文して振舞いながらだ。
「おっ、悪りぃね、あんちゃん。旅人さんじゃあ、知らなくても無理はないやな」
「窃盗団なんていうから、恐ろしい犯罪集団のように思ったかもしれないけどよ。実は表立ってそういった活動をしている団体ってわけじゃないんだ。この町には古くから続く名家があってな。そのうちのひとつは、今の王家、つまり当時は公爵だったカリナン家なんだが……」
彼らが言うには、まだこの国が独立する前、カリナン家の他にふたつの有力な貴族がいたらしい。
もともとはカリナン家に次ぐ力を誇った存在だったが、独立時にそれぞれが、我こそ公国の王にふさわしいと反乱を起こし、こっぴどく打ちのめされたそうだ。
そして現在の首都であるこのトランスファールから追放された。
レモネード団と、スイカ団。
それが、追放された二大貴族――シトリン公とトルマリン公がそれぞれ作った団体の名前だった。
今では追放の禁も解かれ、トランスファールに戻ってきているというふたつの団体。彼らはお互いに異常なほどの対抗意識を燃やし、それぞれの資金力の高さを誇示しようとしているのだという。
目立つが勝ち、といったような風潮があるのは確かだが、それをまさに実践しているかのように、一般市民への強烈なアピールを繰り返しているらしい。
財力に物を言わせて手に入れた様々な豪華絢爛な品々を、一般市民を広く集めて公開し、場合によってはイベントと称して実際に使って見せたりもする。
花火などを大量に購入した場合には、当然のようにお祭り騒ぎとなり、市民としては退屈を紛らわすイベントにはなっているのかもしれない。
ただ、騒音が凄まじいのに加え、しっかりとした対策・運営をしているわけでもなかったため、騒ぎの後始末などにも市民が苦しむ結果となることが多かった。
それだけならば、ある程度迷惑ではあっても、市民の娯楽の一環として大目に見ることもできる程度で、さほど大きな問題というわけでもなかったのだが……。
どうやらそれらの団体は、資金を集めるために様々な分野にも手を広げているらしい。
主に貿易がらみではあるのだが、その中には違法となる物品もまじっているのだとか。また、他国に使者を送り込み、盗んできた金品を元手にしているという噂まであった。
そういったわけで、町の人々は彼らを窃盗団と呼んでいる。
そんな言われ方をしたら反論しそうなものだが、そういった噂も目立つための役には立つと考えているのか、あるいはやはり後ろ暗い部分があるのか、その件に関する弁明は今のところないという。
「そういえば、カリナン公の屋敷になにやら秘蔵の宝があるとかいう噂も、最近よく聞くよな」
「ああ、そうだな。しかしまあ、いくらなんでも王家に盗みには入らないだろ」
「どうだろうな。奴らなら、考えないとも言いきれないんじゃないか?」
「がはははは! 確かにな! せっかくだから、両方とも盗みに入って捕まってしまえば面白いのにな!」
酒の勢いもあってか、大声で笑い始める男たち。
「なるほど。いろいろ教えてくれてありがとう」
酒の量も増えてきていたし、かなり泥酔し始めている男たちの様子から察するに、もうこれ以上の情報は期待できないだろう。
そう考えた私は素早く礼を述べると、まだ元気がないままのエリーを連れ、酒場の二階に用意された部屋へと急いだ。
☆☆☆☆☆
「エリー。聞いていたかわからないが、ふたつの元貴族集団のどちらかに、お前の指輪を盗んだふたり組が所属している可能性もありそうだ」
「うん」
エリーは、やはり心ここにあらずといった生返事をするのみだっだ。
「……で、どうした? なにか悩んでいることがあるんだろう?」
なるべく優しい口調で諭す。今なら話してくれるに違いない。
エリーなりに考えて、周りに人がいる場所では話さないようにしている、といった感じだったからだ。
「ルビア、あのね!」
エリーはここでようやく、重い口を開いた。
「明日、ラピス姫のところに行きたいの!」
☆☆☆☆☆
さすがに少し驚いたが、どうやらこういうことらしい。
カラット王国の城でトパルズとふたりきりになったとき、奴は、カリナン公国のラピスラズリ姫も可愛いんだよ、と言っていたらしい。
さらには、カリナン公国はもともとカラット王国領だし、国力の差もあるから、本気になれば政略結婚を強制することだってできるんだ、といったことまで口走っていたようだ。
おそらくトパルズは、エリー――というかエメラリーフ姫の気を引こうとして、そんな言い方をしただけなのだろう。
エリーとしても、トパルズの考えはなんとなくわかったという。だから、そんな言葉には耳を貸さなかったのだが。
ただ、ずっと考えていたらしい。あいつなら本当に行動を起こしかねないのではないか、と。
いくら独立した国になっているとはいえ、国力の面で見れば、カラット王国のほうが圧倒的に上なのは明らかだ。
カラット王国の支配下にあった過去の歴史の影響が、いまだに根強く残っているのも事実だった。
トパルズからの縁談話が来たら、断れない可能性も充分にある。エリーは自分が拒んだせいで、ラピス姫に迷惑をかけてしまうのを恐れたのだ。
そんなの知ったことではないだろう、とは思うのだが。
ラピス姫だって子供ではないし、その両親であるカリナン公とメノウ妃もわざわざ独立した過去を無駄にするような縁談は受け入れはしまい。
それでも、カラット王国がもし国力を笠に縁談を強制してきたら、国家間の戦争にもなりかねない。
そうなれば国民を守るために姫が犠牲になるというのも、まったくない話とは言いきれなかった。
エリーは、自分がジュエリア王国のエメラリーフ姫としてラピス姫のもとへ出向き、絶対にトパルズなんかに屈しちゃダメだと、そして必要ならば協力も惜しまないと伝えたいのだと、熱く語った。
いくら王子という立場ではあっても、姫の影武者でしかないエリーにそこまでの権限があるのだろうか。
口約束程度ではあるものの、国家間の戦争になった場合に手を貸すとまで言うのだから、その責任は重大だ。
私は、さすがにやめたほうがいいだろうと考えたのだが、
「ルビア、お願い……」
エリーにうるうるした瞳で懇願されると、結局首を横には振れないのだった。