表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫王子が往く!  作者: 沙φ亜竜
チャプター2 カラット王国とトパルズと
14/39

-7-

「本当に、ありがとうございました」


 アクアさんが丁寧に頭を下げる。

 奴らが去ったあと、倒れたままになっていた男たちを町の衛兵に引き渡し、一段落したところだった。


「いやいや。でも、災難でしたね。それに、店にもかなりの被害が出てしまいました……」


 視線を巡らせてみれば、倒れた奴らの血がいたるところ飛び散り、争った勢いで椅子やテーブルも壊れているのが見受けられた。


「ほんと、お掃除が大変ですわ。……マリン、頑張ってね」


 ニコニコと悪意のない笑顔を浮かべながら、アクアさんは妹に声をかける。


「姉さんは、掃除しないのね……」


 いつものことなのか、反論もしないマリンさんだった。


「それにしても、あのふたり組は何者だったのだろう?」


 青い瞳の男と赤い瞳の女は、いつの間にか姿を消していた。

 思わずこぼれてしまった私のつぶやきに、アクアさんが答えてくれる。


「そうですね。うちの宿にお泊りいただいていたお客様だったのですが、先ほど衛兵に連絡する前に、急いでチェックアウトを済ませて出ていかれました」


 衛兵への連絡の前に出ていった……。

 怪しいとは思うが、助けてもらったわけだし、気にしないことにしておくか。


「そういえば、あの人たちにあなた方のことを訊かれました。名前くらいしか知りませんでしたし、お客様のことをベラベラと喋るわけにもいかないので、なにも言いませんでしたけど」


 ふと、マリンさんがそう言った。

 彼らが、私たちのことを訊いていた……? いったい、どういうことだろう。


「でもあの人、僕を助けてくれたよ。いい人だと思う。目を見ればわかるよ!」


 エリーはキラキラと瞳を輝かせながら力説していた。

 確かにエリーの恩人ではあるが、なにか引っかかる。


 ――おや?

 そこで私は気づいた。


「おい、エリー。指輪はどうした?」

「え? あ……あれ? あれぇ~?」


 両手の指を顔の前で何度もヒラヒラさせて、指輪がはまっていないことを確認するエリー。

 その後、服のポケットや荷物の中も調べてみたが、やはり指輪は見つからなかった。


「……僕、落としちゃったのかな……。あっ、さっき僕の腕をつかんでた男! 指輪を見て、高価だって言ってたよ! あいつが盗んだんじゃ……」

「いや、衛兵に引き渡す前に身体検査はしているようだった。あんな高価そうな指輪を持っていたら、あいつの身なりからすれば確実に盗品だと判断されるだろう。それならば、衛兵はその場でアクアさんたちに伝えているはずだ」


 エリーはきょとんとした目で私を見ている。

 いい人だ、そうエリーは言った。だから、言いたくはなかったが……。

 ここは現実というものを突きつける以外にない。


「お前を助けた、あのフローライトという男。あいつが盗んだとみて、まず間違いないだろう」

「え~~~~~っ!?」


 そんなはずないよ~、あの人いい人だもん!

 そう言いたそうなエリーを手で制する。

 状況から見て、そうとしか考えられなかった。


 いくらエリーが鈍いとしても、自分の指にぴったりフィットした指輪を引き抜かれたら、いくらなんでも気づくはずだ。

 とすれば、相手は相当の技能を持っていると思っていい。

 そう考えると、あの場にいた者の中では、フローライトとガーネッタというふたり組しかありえない。

 指輪を盗めるとすれば、エリーに近づいたあの青い目の男――フローライトだけだろう。


「あの、その指輪って、大切な物だったんですか?」


 おずおずとした声で、マリンさんが尋ねてくる。

 盗まれたのならば自分たちのせいだと思い、申し訳ない気持ちになっていたのだろう。大切な物だったらどうにかして弁償しないと、とまで考えているようだった。

 もちろん弁償の必要なんてない。こちらのミスで盗まれただけなのだから。


 あの指輪は、いわば王家の証とも言える指輪だ。

 今の時代となっては、形式上身に着けているだけという程度ではあるのだが。

 しかし、もし失くしたとなったら問題がある。その意味では、大切な物、というのは正しいとも言えた。


 エリーの奴、もっと気をつけてくれないと困るな。

 肌身離さず身に着けておくのは悪くはないが、人にはなるべく見られないようにすべきだろう。


 それはともかく、マリンさんにどう答えればいいものか。本当のことを言うわけにもいかないし……。

 困っていると、アクアさんが会話に割り込んできた。


「マリンったら……。一瞬しか見えなかったけれど、あんなに高価そうな指輪なんだから、大切なのは当然でしょう? ルビアさんからエリーちゃんへのプレゼントだったのよね? もしかして、婚約指輪だったのかしら?」


 ……そういえば最初に私の子だと間違われた際に、女性だというのを否定していなかったな。

 チェックインするときに書いたエリーという名前も、普通ならば女性の名前なのだから、男だなんて思ってもいないのだろう。

 複雑な事情でもあるし、わざわざ否定しなくてもいいか。私はそう考えていたのだが。


「ち……違うよぉ! それに僕、男だもん!」


 エリーの奴、言ってしまうし……。


「あらあらあら~! そんなに恥ずかしがらなくてもよいのですよ! そうなのですね、男同士で……。あらあらまぁまぁ!」


 ……アクアさん、なんというか、凄まじく勘違いしていませんか? しかも、そんなにも嬉しそうな笑顔で……。


 はぁ~~……。

 私とマリンさんの深いため息が重なる。


「そ……それはともかく、あのふたり組、どこに行ったかはわかりませんか?」


 どうにか気を取り直し、私は尋ねてみた。

 エメラリーフ姫のことは心配だが、手がかりもまったくない状態だ。

 指輪がないと、いざというときに身分の証明もできないかもしれない。今はどうにか指輪を取り返すことを優先的に考えよう。

 その行く先で、姫についての情報も集めればいい。


「そうですねぇ……。そういえばチェックインするときに、カリナン公国から旅してきたとお話していた気がします」

「ああ、そういえばそうね。そんな話をしてたと思う。あっ、べつに盗み聞きしてたわけじゃないですよ? たまたま、聞こえちゃっただけなんだから。お客様の話に聞き耳を立てるなんて、そんなこと、ほとんどしないんですから!」


 アクアさんの返答に相づちを打ち、べつになにも言っていないのに、マリンさんは勝手に弁解の言葉を加える。

 それにしても、ほとんどしないということは、盗み聞きの経験があると認めていることになる。そのことに、マリンさんはまったく気づいていないようだった。


「ありがとうございました。それでは私たちも明日旅立ちます。今日は遅いので、すみませんが、もう一泊させてください」


 できればすぐにでも旅立ちたかったが、もう夜も更けている。

 横でエリーが眠そうにしているのだから、今日はゆっくり休むしかないだろう。


「わかりました。助けていただいたわけですし、料金はいりませんよ」


 そう言ってくれるマリンさんの厚意は丁重にお断りして、私たちは床に着いた。

 助けたとはいっても、椅子やテーブルを壊してしまったのはこちらにも原因があるわけだし、修復費用もかかるだろう。


 ある程度仕方がない状況ではあったとは思うが、もう少し穏便に解決すべきだったな。

 あまり騒ぎを起こすのは得策ではない身の上だ。それに、エリーを守れない状況になったのは私自身のミスでもある。

 私がそばに駆け寄れる状態であれば、指輪だって盗まれたりはしなかったのだ。

 まだまだ私も修行が足りないということか……。


 隣で安らかな寝息を立てているエリーの髪を撫でながら、私は自己反省会を終えると、浅い眠りに就いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ