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「いや~、よく来てくれたね~! 僕は嬉しいよ!」
そう言って、笑いながらエリーの手を握っているのが、この国の王子であるトパルゼリアーノ――通称トパルズ王子だった。
私たちは今、彼に連れられて、城の中を案内されている。
朝になるとすぐに、エリーは加工してあった自らの長い髪の毛を編み込むようにセットし、長髪の姫に成りすました。
そして城へと足を運んだ私たちの訪問を門番から知らされた王子が、こうして自ら進んでしゃしゃり出てきたのだ。
もちろん、こちらとしても話す相手はトパルズ王子が最適だと考えていたため、好都合ではあったのだが……。
それにしたって、ベタベタしすぎだろう。
トパルズはエリーの左手を自分の左手で握りながら、右手はエリーの肩を引きつけるようにして、寄り添いながら歩いている。
少し前に出て顔をのぞき込むように必要以上に近づいて、ひたすら喋りかけてくるトパルズに、さすがのエリーも顔をしかめていた。奴のツバがかかりそうになって、こめかみを引きつらせているようだ。
情報を得ることが目的なのだから、なにがあっても笑顔を崩さないようにするんだぞ。
そうエリーに念を押したのは私自身だったが、いくらなんでもここまでとは……。
トパルズ王子はエリーのことを姫だと思っているはずだ。とすると、この王子は女性に対して、いつもこんな感じで接しているということになる。
縁談の話をしている身だから調子に乗って馴れ馴れしくしている、という可能性もあるかもしれないが、おそらくは普段からこんな奴なのだろう。
噂どおり、いや、噂以上か。
前に会ったのはふたりが幼なかった頃だと聞いている。
しかし、べつに親しく遊んだりしていたわけでもないようだ。二国の友好を深めるための式典が行われた際に連れていかれ、お互いに紹介されて挨拶を交わした程度だったらしい。
それなのに、この馴れ馴れしさ。
顔立ちだけ見れば、カッコいいとまでは言えないものの、それなりに見栄えのする顔ではあるだろう。黙ってさえいれば、そこそこモテるのかもしれない。
だがその言動と、へらへらした、それでいて人を小馬鹿にしたようないやらしい笑い顔を見ていると、抑えていても嫌悪感が顔に表れてしまう。
それくらいのひどい男という印象だった。
噂はあらかじめ聞いていたわけだが、だからこそ偏見の目で見ないようにしなければならない。
そう強く心に誓って城へとやってきたというのに、それでもなお、私にはこの男を好意的な目で見ることのできる心は、ひとかけらたりとも残ってはいなかった。
そんなわけで、エリーにベタベタくっついているトパルズ王子を鋭い目つきで睨みつけながらも、とりあえずは黙って奴の案内に従って歩いているというのが現状だった。
「さぁ、ここだよ。入って入って!」
いやらしい笑顔を浮かべたままのトパルズに案内された場所は、なかなか豪華な装飾が施された綺麗な部屋だった。
「僕のプライベートなお客様用の部屋なのさっ!」
テーブルの横に長椅子が二脚並べられている。
その椅子もテーブルも、ジュエリア王国ではほとんどお目にかかれないような高級な代物だ。
トパルズはエリーをエスコートして椅子に座らせると、自分もそのまま隣に座る。
「キミも、そっちに座るといいよ!」
私を反対側の席に座るように勧めるトパルズは、こちらには目も向けず、エリーの顔や体をじろじろと舐め回すように視線を這わせていた。
「いやぁ~、でも、わざわざ来てくれるなんて感激だなぁ! ……邪魔者も一緒なのが気に食わないけどさ」
一瞬ジト目で私のほうに視線を向けて嫌味をつけ加えつつ、エリーに顔を近づけて喋るトパルズ。
そのたびに、引きつった笑みを浮かべたエリーは、さりげなく顔を後ろに下げて懸命に避けていた。
こりゃあ、早めにいろいろ聞き出して帰るべきだな。そうでないと、エリーの身が危ない。
エリーは男なのだから、そんなに気にすることではないのかもしれないが……。
しかし、嫌がっているのは一目瞭然だ。エリーを守るのは私の役目だからな。そう考えながら、奴を睨みつける。
そんな私をよそに、トパルズが口を開いた。
「エリーちゃん、キミの国って、貧乏だよねぇ」
いきなり失礼なことを言う奴だな……。
「あはは。うん、そうだね」
おい、エリー、お前もさらっと認めるなよ……。
「お母様、国民に不自由させるわけにはいかないからって、町の環境整備とか治安維持とかにすごく気を遣ってるの。そういうことにお金をかなり使ってしまうから、あまり贅沢はできないんだよね」
そうは言っても、やはり王族としての威厳を保つために身だしなみはしっかりしているし、生活に不自由はない。
あくまでも他国の王族と比べたら貧乏、ということだ。
「なるほど、ジュエリア王国はなかなか大変なんだね。カラット王国なら地下資源も豊富だし、僕と結婚したら贅沢に暮らせるよ? キミは是非とも、僕と結婚してこの城に来るべきだ! そうは思わないかい?」
「イ……!」
きっと、イヤ、と叫びたかったのだろうが、エリーは思わず本音で拒みそうになる声をなんとか押し留める。
一応、トパルズからいろいろ聞き出すという目的は覚えていたようだ。
「あっ、えっと、私はジュエリア王国が好きなの。だから、国から離れるつもりはないんだ」
「それじゃあ、僕が婿入りする形で、お金を送ってもらうって手もあるよ!」
「うっ……! えっと、その……。まだ私、結婚とかそういうのは、あまり考えられなくて……」
ドギマギとしながら答えるエリー。
エリーとしては、ボロを出したりしないようにということで頭がいっぱいなのだろうが。トパルズのほうはエリーが恥ずかしがっているのだと勝手に思い込んでいるのか、さらに積極的にスキンシップを繰り返す。
今ではエリーの背中の後ろから手を回し、抱き寄せるような格好になっていた。
エリーは嫌がって身をよじり、どうにか逃れようとしてはいるものの、今回の目的が頭をよぎっているのだろう、椅子から立ち上がってまで逃れたりはせず、必死に我慢して会話を続けている。
それにしても……。
こいつ……いくらなんでも、ひどすぎるな。さすがの私でも、我慢の限界に近づいていた。
いやいや、落ち着かなくては……。ここで爆発してしまっては、計画が台無しになってしまう……。
と、そのとき。
突然、部屋のドアが開いた。
「トパルズちゅわぁ~~~ん! 紅茶とケーキを持ってきましたよぉ~~~!」
「あっ、ママ! ありがとぉ~!」
マ……ママ……!?
わざわざ自ら紅茶とケーキを持って部屋に入ってきたのは、トパルズの母親であるローズクォーリア王妃だった。
この子供にしてこの親あり、といったところか。息子の様子が気になって仕方がなかったのだろうな。
だが、タイミングとしてはちょうどよかったかもしれない。
お盆に乗せられたカップとケーキを受け取るため、トパルズがエリーの体から離れたからだ。
「もう、この子ったら、いつまで経っても子供なんだから。ほんとにごめんなさいねぇ。でも自慢のひとり息子ですから、エリーちゃん、よろしく頼みますよ!」
「頼みますよ!」
ニタニタ笑いながら、母親の言葉を繰り返すトパルズ。
「え、え~っと……、あはは……。な……仲がとてもよろしいみたいですね」
エリーは引きつった微笑みを浮かべながら、どうにか話の方向を逸らす。
王妃まで出てきたことで、どう対応していいか困っているようだ。
かくいう私もそうだった。国家間の問題になりかねない相手だし、慎重にならざるを得ない。
このまま王妃が居座ったりしたら、当初の目的を果たす上でも問題だな……。
そう考えていたが、さすがにそこまでは杞憂だったようだ。
ひとしきり喋り散らすと、王妃は去っていった。
名残惜しそうな顔を見せながら、しぶしぶ出ていったという感じではあったのだが。