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「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
澄み渡った青空に、凛とした声が響いた。
王城の豪華なテラスからは、緑のまぶしい庭園の広場を一望することができる。今、その広場には、数えきれないほどの民衆が集まっていた。
「私の娘も今年で十五歳。成人として、やっと皆様に正式なご挨拶のできる日となりました。何事もなくこの日を迎えられ、嬉しく思っています」
声を遠くまで響かせる『舞い句』という道具を使って、集まった民衆全員に声を届ける。
テラスに立っている女性は、若干質素なドレスに身を包むサファミアーヌ王妃だ。
今日は姫の成人の式典である。
普段は豪華なドレスを身にまとう王妃も、今日の主役は自分ではないため、それほど目立たない地味な色調の服装で式典に臨んでいる。
とはいえ一般市民と比べればもちろん、充分豪華ではあるのだが。
ここジュエリア王国は、隣国などと比べるとまだまだ豊かとは言えない小国だ。
今では病院などの施設も整い、それなりに改善されてはいるが、昔は病気などで亡くなってしまう子供も多かったと聞く。
また、その頃は治安も悪かったせいで、王族というだけで命を狙われるということも少なくなかったそうだ。
そういった時代の名残として、王家の人間は十五歳の成人を迎えるまで、正式に国民の前には姿を現さないしきたりとなっている。
つまり、成人の式典は王族として最初の一大イベントとなるのだ。それだけ、王妃としても気合いを入れているのがうかがえる。
今日の晴れ渡った空のように清々しい笑顔を浮かべながら、王妃は言葉を続けた。
「まだまだ未熟な娘ですが、これからは様々な礼儀を身につけ、私の跡を継ぐ立派な女性になっていくことでしょう」
この国は、基本的に女性優位な社会となっている。
王妃の後ろには、同じように笑みを浮かべてるディアモルド王の姿もあった。実質的に実権を握っているのは王妃で、王はそれをサポートする役割といった感じだ。
そういう方針になったのは、千年以上の長いこの国の歴史の中でも、ここ百五十年程度のことではあるのだが、すでにその流れは完全に国民全体に浸透していた。
無論、男性が格下として虐げられる、というわけではない。男性が女性を上手く支えることで、よりよい社会を築いてきた、そういう国なのだ。
「それでは、愛娘――エメラリーフ姫の登場です。盛大な拍手で迎えてあげてください」
王妃がそう言って席に戻ると、大きな歓声が上がる。
それと同時にテラスの奥からは、少しウェーブがかった長い栗色の髪を携えた姫君が、綺麗に着飾ったドレスの裾を少々引きずりながらも、しずしずと優麗な様子で歩いてくる。
舞い句を手渡す王妃が、そっと姫の耳もとでなにかささやいているように見えた。頑張って、そんな言葉で勇気づけたのだろう。
大観衆の声は、空を突き破らんばかりに大きく響いていた。その声に少々戸惑い気味な表情を浮かべつつ、姫はテラスの中央に立つ。
深く息を吸い込み、眼下に広がる大勢の人波を見渡した。
舞い句に口を近づけると、徐々に歓声は静まり、皆、初めて聞くことになる姫の声に耳を傾ける。
「えっと……、ご紹介にあずかりました、エメラリーフです」
王妃以上に澄み渡った、それでいて可愛らしい声。
初めて耳にした姫の声に思わず、「おーーーーっ!」と歓声を上げてしまう者もいた。当然ながら、邪魔をしてはいけないと、すぐに口をつぐんではいたが。
「成人を迎え、皆様の前にこうして立つことができて、とても嬉しいです。まだまだ、なにをすればいいのかもよく理解できていないのですが、お母様のお手伝いをしながら、いろいろと学んでいきたいと思います。いつの日にか、尊敬するお母様のように立派になれたらいいなと思っています。私なりに精いっぱい頑張りますので、皆様、これからもどうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げる姫に合わせて、国民から大きな歓声と拍手が上がった。
話し方や立ち振る舞いなど、まだまだ未熟な感じながらも、王族としての一歩を無事に終えた姫は、王妃のすぐ隣に設けられた席にゆっくりと座った。
代わって王妃が前に出て、成人の式典の終了を告げる。
時間的にわずかではあったが、顔見せという意味合いの強い式なので、あまり長く行わないのが常となっているようだ。
治安の悪かった時代には、成人の式典で命を狙われ亡くなる王族もいたと伝わっている。そのため、そういう決まりになったのだろう。
……おっと、もう時間だな。そろそろ行かなければ。
私はテラスの様子がかろうじて見える庭の片隅から離れ、王城の中へと入っていった。
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手入れの行き届いた城の廊下を歩いていく。
兵士たちの出入り口からほど近い、こんな場所ですら清掃を徹底しているところからも、綺麗好きな王妃の人柄がうかがえる。
私はルビア。
ジュエリア王国の近衛騎士団第三部隊の隊長をしている。
この国の騎士団には三つの部隊があり、第一部隊はこの国の女性優位な風潮を象徴するかのように、女性だけで編成された部隊となっている。
隊長のペリドットは、私も何度か見かけた程度でしかないが、とても美しく聡明な人と評判だ。
近衛騎士団に三つの部隊があるというのも古くからの名残で、治安もよい現在では他国との争いなどもほとんどない。
騎士団の活動ももっぱら、都市の環境整備や市民のちょっとしたいざこざを抑止する程度となっていた。
言うまでもなく、有事に備え、日々の訓練は怠らないようにしているのだが。
「おや、これはこれは、ルビア隊長。本日は私の部隊が警備を全て任され、そちらはお暇だったというわけですかな?」
……嫌な奴に会ってしまった。
思わず顔が曇る。
彼は近衛騎士団第二部隊の隊長をしている、クリストという男だ。
騎士としての実力は高く、兵士からの信頼も厚い。それは私も正直認めているし、騎士としては尊敬できるほどだと思っている。
ただ、若干強めの口調と態度に出る性格なのが、私とは馬の合わない部分でもある。
私が王妃に気に入られていた侍女の息子で、昔からよく王城に出入りしていたため王妃とも接する機会が多く、その流れもあってこうして第三部隊の隊長の座に納まっているのが気に食わないのだろう。
クリストは私に、事あるごとに突っかかってくるような態度を見せるのだ。
実際、クリストは厳しい修行を乗り越え高い剣技を身につけたあと、狭き門と言われる騎士団登用試験を主席で合格、そこから徐々に昇進して隊長の地位に就いた苦労人だ。
私のような者が三番目の部隊とはいえ隊長になっていることを煙たがるのも、わからなくはないのだが。
「クリスト隊長、お疲れ様です。式典のほうは何事もなく終わり、ほっとしております。場合によっては我が第三部隊も駆けつけられるよう、ずっと待機しておりました」
そういう役目を受けていたのだ、という意味を込めて答える。つい目に力が入ってしまい、睨みつけるような形になってしまったが。
それでもクリストは怯む様子もなく、軽い笑みを浮かべて続けた。
「そうですか、それはお疲れ様です。私の部隊をサポートできるように、今後も精進してください。それでは、私は式典から戻る人々の誘導と会場の後片づけに向かいますので。そちらの部隊の方々も早めに向かわれるよう、お願いしますよ」
軽く手を上げて城の外へと去っていくクリスト。言われるまでもなく、すでに部隊の兵士たちは会場の片づけに向かっている。
私は嫌な気分を振り払い、城の奥へと歩みを進めた。