eternal eternity
生きることは贖い。愛情は贅沢品。
いつからか、そう信じ込んでいました。どうしようもなく息が詰まった時、左腕の薄い皮膚に刃物を突き立てては、滲み出る細紅と鋭い痛みに仮初の安寧を覚えました。
暖色系の常夜灯に照らされた私室で、独りきり毛布に包まりながら、何度も夢を見ました。
いつの日か、暴力も恫喝もない穏やかな家庭を築きたい。春には、庭に咲いた藤の花を愛するひとの隣で眺めていたい。
分不相応な願いだとは自覚しつつ、わたしは未来への期待を捨てきれませんでした。この願いまで手放してしまったら、"わたし"という存在そのものが消えてしまうような気がしたのです。そうして、惨く荒んだ少女時代を生き延びました。
無能。出来損ない。面汚し。
両親から浴びせられた誹りを、さも自分自身の言葉であるかのように取り込んでいました。あの方たちの元を離れてしばらく経った現在、ようやくあの頃のわたしの苦しみを、距離を取りながら見詰められるようになりました。あれは、わたし自身の声ではなかったのだと。
わたしは今でも、鏡の前に立つことが少し苦手です。顔の造形が見るに堪えないだとか、そんな単純なお話ではないのです。鏡には人生の履歴が映るのです。
成績が父の期待に添えず、殴られて泣いている幼い子供。
クラスの輪に上手く馴染むことができず、除け者として扱われている生徒。
知らない男の人に乱暴され、下腹の鈍い痛みに泣くことさえできなかった少女。
そして。あなたの腕に抱かれて、ぎこちなくも、しんから幸せそうに微笑んでいる女。
あなたは本当に不思議なひとでした。
わたしがぽつりと零した欠点でさえ、あなたはたまらなく愛おしいと言うのでした。人前で常にひた隠しにしてきた過去を余すことなく告白しても、あなたは静かに受け止めてくれるのでした。
左腕に無数に刻み続けた過ちを認めても、あなたは嫌悪も憐れみも向けませんでした。あろうことか、傷痕に口づけを落としたのです。慈しむように、何度も何度も。
生きようとしてくれてありがとう。
あなたの言葉が、凍てついていたわたしの胸を強く揺さぶりました。涙は出ませんでした。けれども、心の固く閉ざしていた部分がやさしく解けていく感触がありました。わたしはこの時、心に決めたのです。あなたと生涯添い遂げよう、と。
――
お互いの左手薬指に光る、華奢なプラチナのリング。裏側には、eternal eternityと小さく刻印されています。永遠であることを、永遠に願い続ける。他人様からは冗長だと笑われてしまうかも知れません。それでも、これはわたしたちだけの大切な誓いでした。
「ねぇ、悟史さん。わたし、これまでの人生で今が一番幸せです」
日曜日、柔らかな陽射しの差し込む昼下がり。リビングのソファにもたれながら、あなたの肩口に顔を埋めました。首筋からほのかに漂う麝香に似た温かみのある匂いに、うっとりと目を細めました。
「ふふ、それはよかった。これからもっと幸せになろう。三人で」
あなたは和やかに笑いながら、丸く膨らんだわたしの腹部にそっと手を添えました。わたしとあなたの間に芽吹いた新しい命。世界一愛らしいわたしたちの娘。悪阻の時期はお粥もゼリーも喉を通らず、著しい体重減少に悩んだものですが、今、お腹の中で健やかに成長しているこの子を思うと、それさえも懐しく思えるのです。
「この子の名前、何にしようか。結子に似たら将来は美人さん確定だよなぁ」
あなたは何やら真剣に考え事を始めました。子供の名前。わたしたち両親からの、最初の贈り物。
「あらあら、気が早いんですから。もっと時間をかけて、二人でじっくり考えましょう?」
二人で考えた方がきっと、この子に素敵な名前を授けてあげられるはずですから。
ふと、庭の藤の木が目に留まりました。3年前、念願の一軒家を購入した記念に、一才藤の苗木を庭に植えたのでした。以前よりも逞しく生長した枝の数々。きっと今年は、去年よりも見事に花開くことでしょう。麗らかな春をわたしとあなたと、お腹の子と、三人で迎えられますように。




