身に覚えのない夜を理由に、隣国の王女に結婚を迫られています。
「この間の夜はとても素敵でしたわ」
いきなり王立学園の廊下でそう言われて、ゼフィル・ラメント公爵令息は驚いた。
ゼフィルは、長い金の髪が背中まであり、それはもう美しい令息だ。
歳は18歳。
目の前の女性の事は知っている。
隣国から留学しているミレーナ王女殿下だ。
ゼフィルは慌てたように、
「何を言われるのです。ミレーナ王女殿下」
「あら、隠す気なの?わたくしとあの熱い夜の事を」
手を握られた。
覚えがない。
それにどういう夜だったって言うのだ?
「素敵な夜を過ごした覚えはないですが、どのような夜だと言うのですか?」
「あら、女性の口から言わせる気かしら?貴方の情熱的な夜を、二人きりでベッドで過ごしたあの夜をわたくし忘れませんわ」
「そのような事をした覚えはありませんが」
「照れていらっしゃるのね」
「照れてはおりません。事実を言ったまでです」
「まぁ恥ずかしがり屋なのですね」
「恥ずかしがってもおりません」
「男の人は素直になれないってお父様が言っていたわ」
「私はいつでも正直に物事を言っております」
「わたくしの事を愛しているのでしょう」
「私には婚約者がおります」
「道ならぬ恋って素敵だと思わない?いつかそれが報われて真実になるのが、まさに愛の物語」
「言っている意味が解りません」
「婚約って政略で結ばれたのでしょう。だったら、わたくしと真実の愛に生きてみませんこと?」
「いえ、真実の愛って、私は王女様を愛しておりませんが」
「照れているのね。恥ずかしがり屋の所が素敵だわ」
「照れてなどおりません。私は事実を言っているまでです」
「でも、あの夜の事は、貴方の真実の心を、愛を見せて貰ったわ」
「だから、貴方と夜を過ごした覚えはありません」
「照れているのね」
「失礼しますっ」
永遠に話が終わりそうにもなかった。
そしてとんだ女に執着されてしまった。
そう思った。
慌てて、婚約者であるフェリシア・ルド公爵令嬢がいるであろう教室へ行った。
フェリシアにあの女が余計な事を言っていなければいいが。
「先程、隣国の王女様に絡まれたんだが、君に何か言ってこなかったか?」
フェリシアは取り巻きの令嬢達に囲まれながら、微笑んで、
「素敵な夜を貴方と過ごしたとおっしゃっておりましたわ」
「それは事実ではない。私は素敵な夜をあの女と過ごしてはいない」
「そうですの?腰に黒子があるとか、耳元で熱く囁かれたとか、詳細に言っておりましたけれども。わたくしに婚約解消した方が良いとも言っておりましたわ」
冗談じゃない。
ゼフィルはフェリシアの事が好きだ。
彼女は何もかも完璧で勉学も王立学園で学年一位を毎回取っている。
そして、ルド公爵家に嫁入りすることになっている。
父も母も、フェリシアが嫁入りしてくる日を楽しみにしていた。
ゼフィルはそんなフェリシアの事が大好きで。
幼い頃から婚約を結んでいるフェリシア。
共に勉学に励み、色々な話をして。
傍にいればいる程、フェリシアに惹かれていく。
その唇に‥‥キスしたい。そう思っていても。
婚姻前なので、公爵家の令嬢にキスしたいだなんて言えなくて。
フェリシアは美しい。
柔らかな金の髪に、高貴な笑顔。周りにいる取り巻き令嬢達にも気遣いが出来て。
最高の女性で。
ああ、早く結婚したい。それ位、フェリシアの事を愛しているのに。
ゼフィルはフェリシアに向かって、
「母に頼んで王家から苦情を入れて貰う。私は潔白だ」
ゼフィルの母は王家からラメント公爵家に降嫁した王女だ。
母を通して、正式に王家から苦情を隣国の王家に入れて貰う。
そうすることによってミレーナ王女の妄言も止まるだろう。
翌日、王立学園に行ってみれば、また、ミレーナ王女が近づいて来て、
「責任を取って下さらない?わたくしを妻にして頂戴」
「覚えがない事に責任を取るつもりはない。そもそも、いつの夜だ?この際だ。私の身の潔白を証明させて頂こう」
「いつの事だったかしら……思いだせないわ」
「思いだせないような事ならば、私が責任を取る事はない」
「わたくし、貴方の子がお腹の中に」
「どのくらい、前の夜の事なんだ???」
「一月、いえ、二月位前の夜でしたわ」
「王女様が留学してきたのは、二週間前でしたね」
「あら?わたくし、この王国に密かに遊びに来ていたら、貴方に声をかけられて、情熱的な夜を過ごしたのですわ」
「どこで?声を?」
「王都、王都ですわ。偶然出会った貴方に声をかけられて、そのまま宿へ」
「宿へ???護衛騎士だって一緒にいたでしょう。まさか王女様がお一人で街を歩くなんて考えられませんが」
「護衛騎士は気を利かせてくれたのですわ。愛する貴方と二人きりで過ごせるように」
「出会った途端、何故、愛する?初対面の相手に対して?」
「わたくし、貴方の事は知っていたわ。前にこっそりとこちらの王国に遊びに来た時に」
「前にこっそり?どこで私の事を知ったのです?」
「それはその……貴方を街で見かけたのです。その時、素敵な方だなと。貴方もわたくしを見て頬を染めていたわ」
全く覚えがない。疲れる。酷く疲れる。
ミレーナ王女は、
「お腹の子の為にも責任を取って結婚して下さらないと」
フェリシアが一言、
「ゼフィル・ラメント公爵令息はわたくしの婚約者です。今回の話が真実かどうか、怪しいものですわね」
ミレーナ王女は叫んだ。
「わたくしが言っているのよ。お腹の子はゼフィル様の子だって」
「証拠がありませんわ」
「王女であるわたくしが言っているからいいのよ」
フェリシアが扇を手に立ち上がった。
「もう一度、証言して下さるかしら」
ミレーナ王女は、ゼフィルに向かって、
「わたくしはゼフィル様と二月前に街で出会って熱い夜を過ごしましたわ」
「そう。それで?」
「お腹の子はゼフィル様の子。だから結婚してほしいの」
「だそうよ。宰相閣下」
教室の戸をがらっと開けて隣国のバラン宰相が凄い形相でミレーナ王女を睨んでいた。
「王女様。ルド公爵令嬢から呼び出されてきてみれば、お腹にお子が?これは急ぎ帰国して国王陛下に報告致さねばなりません。王女様も共に帰国を」
「嫌よ。わたくし、結婚するの。ゼフィル様と」
「妄言を聞いておりました。廊下で。最初から最後まで。二月前?こっそり?どうやって?王女様はずっと王城にいらしたでしょう。護衛騎士あたりと子作りをしたのでしょうね。さぁ帰りますよ。うちの王女が大変失礼を」
バラン宰相が王女をひきずって連れて行った。
ミレーナ王女はずっと廊下で叫んでいた。
「結婚するのよ。ゼフィル様とーーーー。結婚するのっーーー」
ゼフィルはフェリシアに向かって、
「君が宰相を呼んで?」
「ええ、王国に来ていたのを知っていたから、急いだほうが良いと思って。
間に合って良かったわ。それにしても嘘ばかり言う王女様だったわね」
「とんだ災難だったよ」
頼りになる婚約者がいて本当に良かった。
そう思えるゼフィルであった。
ゼフィルは背中まであった髪をばっさりと切った。
少しは男らしくならないと。
今回はフェリシアに助けられたのだ。
髪を切ったゼフィルに向かってフェリシアは、
「長い髪も素敵でしたけれども、短い髪もとてもお似合いですわ」
「そうか。私も来年、君と結婚するから。少しは男らしくならないと」
フェリシアの手の甲にキスをする。
愛しいフェリシアと共にいる幸せを噛み締めるのであった。
隣国へ戻されたミレーナ王女の嘘が発覚して、隣国の国王陛下から、ラメント公爵家に謝罪の手紙が送られてきた。
母が兄である国王陛下に頼んで、国としても抗議してくれた事もあったけれども、フェリシアが急いでバラン宰相を呼んでくれてよかったと、ゼフィルは思っている。
こうして早く解決したのだから。
ミレーナ王女は護衛騎士との子を妊娠しており、離宮に送られたとの事。
二度と、離宮から出る事は叶わないだろう。
王立学園の教室に暖かな春の風が窓から吹き込んできて。
フェリシアは取り巻きの令嬢達と楽しそうに話をしている。
そんな姿をゼフィルは見つめていて。
平和な日々が一番だと、心からそう思うのであった。




