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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

花束の下で。

作者: 天春恋羽
掲載日:2026/04/23

 

『 気持ちを伝えきれなかったな。

 まさか、あの日君がなくなるんだって。』


 あの日、君と私の大切な記念日だった。

 君は、記念日のために、橙色の花束を買ってくれたんだよね。

 いつも、何かの記念日だと、君は花束を買ってきてくれる。

 忘れることもなく。仕事が忙しくても。夜、遅くなっても。

 私も記念日のために、いつも違う贈り物を買っていた。

 でも、あの日の前日、君と私は些細なことで喧嘩した。


 君も、私も、

 あんなに小さなことで喧嘩すると思っていなかった。

 あの記念日の前なのに。

 その日に仲直りしていれば良かったのに。

 凍りついた空気は、10分経っても、1時間経っても、解けなかった。

 夜が過ぎ、日が昇って。

 カーテンの隙間から、日の光が差し込んできた頃。

 私は、君に一言。


「 ごめん 」


 といい、仕事のため、家を出てしまった。

 家から出たあと、私はとても後悔した。


「家に帰る前に、今日はケーキを買っていこう」

 と自分に言い聞かせた。

 ────────

 わたしは何してるんだろう。

 君が朝、「ごめん」と言った時、わたしは何も返せなかった。

 わたしも「ごめん」なのにな。

 1度も喧嘩したことなかったね。

 今日は記念日。大切な。

 今日も、花束を買いに行く。

 今年は穏やかに過ごせるように、橙色にしよう。

 あと、仲直りの意味を持った花を一輪、花束の中に入れてみようかな。

 そんな事を考えて、「ロマンのようだ」と、1人、ボソっと言いつつ、

 仕事の準備をして、いつものように。


「いってきます」


 と少し温もりが残っている部屋を見渡し、ドアを閉めた


「今日は、仲直りするために早く帰らないとね。」

 ────────


 なんとか18時には仕事が片付いた。

 今日は、ケーキ屋が19時半に閉まってしまうので、朝から最大速度で仕事をした気分だ。

 家の近くにあるケーキ屋で、栗が1つ丸ごと入ったモンブランがアイスのコーンにのっているなど、豪快なメニューがあるお店だ。私達はその魅力に惹かれて、いいことがあった時にはよく二人で通う。

 今日は、仲直りに、苺のフルーツタルトを買いに行く。苺は、君と私の大好物だ。そして、そこのお店のフルーツタルトは、苺を山盛りにのせてくれる。苺が溢れるほど。それを頬張る君はとてつもなく素敵なのだ。


 そんな顔をすることを想像しながら、私は、右手にケーキ屋のロゴが入ったビニール袋を持って、早歩きで帰った。


 家に帰ると、いつも通りの暖かい光に身体中包まれた。でも何か少し寂しい暖かさも混ざりこんでいた。


「ただいまー…」


 いつもならば、明るく言うが、今日はそんな気がなかった。全くではない。

 心の中で私は、橙色と紺色の間にある空間にいるのだと、思いながら私は、リビングへ向かった。

 そこには、綺麗に盛り付けされたビーフシチューが2つ、机に置かれていた。君が作ったのだろう。でも、何故か君の姿は見当たらない。

 夕食は全部揃っているし、君の仕事用のリュックや靴も、ちゃんと間に合っている。

 なのに君だけがどこを探したって居なかった。

 おかしい…

 ふと、机にあった空の花瓶が目に入る。それと同時に嫌な予感が私を覆い始めたのだった。



 ──────────


 わたしは、今日、予想以上に早く帰れた。

 家に着くと、薄暗い部屋と少しだけ温かい空気がお迎えしてくれた。

「今日は、君が好きなビーフシチューにしようかな。」

 わたしはいつの間にか鼻歌を口ずさみ、君が帰ってくるのを想像しながら、料理を始めていた。


 1時間くらい経ったのだろうか。

 ビーフシチューとコーンスープの香ばしい匂いがリビングの部屋すみずみに広がっていた。


 ふと、リビングルームの机に置いてある薄い青色の花瓶に目がつく。


「あ…。花…忘れてた」

 すぐさま、エプロンを脱ぎ、買い物の用意をした。

 いつもより焦っていたのか、わたしは家の鍵をかけるのを忘れて家を出ていってしまった。

 なぜこんなに焦っているかは、わたしがいつも行く花屋さんは17時までで、あと1時間もないからだ。わたしは高校生の体育祭ぶりに全速力で花屋に向かった。


 ──────────


 カチ…カチ…、時計の針だけ聞こえる部屋にポツンと呆然として立っていた。

 私は、ゾワゾワっと嫌な予感だけを感じていた。

「まさか……ね」


 空の花瓶を見ながら、花を買い忘れたのだろうと、きっとすぐ帰ってくるはずだと、思っていた。

 だが、私の頭の中に1つの記憶が思い出された。


   ー あの花屋は、17時に閉まること ー


 カチ…カチ…と鳴る時計を見つめる。


   ー 19時12分 ー


 花を買い、その後スーパーに行ってなにか買いに行ったのかもしれない。

 でも…そうだとしてもこんな時間になるはずがないのだ…

 私の頭と心は心配と焦りに包まれていった。

 ふと…窓の方から聞こえる赤色の音が耳に突き刺さった。その音は、だんだん近くなっていき、私の心の音もそれと同時に、ドクンドクン、と大きく速くなっている気がした。


 ──────────


「ふふっ、危なかった〜。」

 そんな声を漏らし、腕の中にある橙のガーベラを見ながら歩いていた。

 あと少し遅れていたら、お店が閉まってしまうところだったのだ。現在時刻は17時半を回っている。

「帰るの、少し遅くなっちゃうかな」

 と、ちらっと腕時計を見ながらそう言う。

「でも、いいお花買えたし」

 そう。橙色のガーベラは、『明るく、前向きに』という意味を持っているらしい。何故かその花言葉に惹かれ買ってしまった。

   まぁ

「可愛いからいっか」

 微笑みながら早歩きでいつもの道を歩く。


 ビュゥンッ


 急に強い風が吹いてきた。先程までは綺麗な夕空が見えていたのに、もうその暖かさは空になかった。

「雨、降っちゃう」

 ビュービュー、吹く風に煽られながら家に急いだ。


 その時。

 建物工事が行われている下の道を通っているところだった。


 ガヂャンッ


 その音に気づき上の方を見上げると、工事に使われる足場の一部が強風に負けて、わたしの頭上に落ちてくるのが見えた。


「え、……」



 ガシャン、ガシャンッ


 その音は一瞬にして、そこにあった明るいものを全て壊してしまった。


 ──────────


 ピーポー ピーポー


 今一番聞きたくなかった音。バクバクと心臓の音が大きくなっていく。そして、家の近くでその音が止んだ。


 不安と混乱で頭がいっぱいになり、咄嗟にその音が止んだ方へと、慌てながら外へ出て、向かった。



 ……えっ…


 その目の前には、工事現場の足場が落ちていてその下には人が一人押し潰されていた。

 私はその人が誰なのか一瞬でわかった。

 でも、信じれなかった。信じたくなかった。

 なぜならそこに居たのは、『君』だったから。


 嫌だ。嫌だ、嫌だ!なんで?なんで君が…?


「なんでだよっ?!」


 自分もびっくりするほど大きな声が出た。

 その声に気付いたらのか消防士の人が近づいてきた。多分事情を説明に来たのだろう。でもそんなことより大事な人が心配で、君の元へ走ろうとした時、


「危ないので近づかないでください!」

 と消防士の方が私の肩を掴みおさえた。そこからの記憶は全くない。


「なんで……なんでなんだよ…おかしいだろ」

 掠れた声でそう言い泣き崩れた。

 ずっと泣いた。君が病院へ運ばれていく時も。君が救急車の中で静かに息の根が止めた時も。ずっと、ずっと泣いた。泣くことしか出来なかった。


 どんくらい泣いただろうか…君の笑顔が昨日のように感じるのに……もう君はこの世界では暮らしていない…。

 薄暗い部屋で一人、目が赤く腫れ、髪はボサボサしたままうずくまっていた。隣には君が買ってくれたのだろう、橙のガーベラがポツリっと置いてあった。事故の後、聞いた話だがこのガーベラだけ、無傷だったそうだ。君から離れたところにあったそうだから、多分君が最後の思いで投げたのだろう。



 部屋は静かだった。

 あの日から、時計の音だけがやけに大きく聞こえる。

 カチ…カチ…カチ…。


 テーブルの上には、君が作ったままのビーフシチューの鍋。

 もう何日も経っているのに、私はそれを片付けることができなかった。


 君が帰ってきて、


「まだ置いてあるの?食べようよ」


 なんて、笑って言うんじゃないかって。

 そんなこと、あるはずないのに。


 私はゆっくりと立ち上がり、君の残した橙のガーベラを手に取った。

「……綺麗だな」

 少し枯れ始めているのに、まだ橙色は優しく光っている。

 その時だった。

 テーブルの端に、小さな紙が挟まっているのに気づいた。

「……?」

 手に取ると、見慣れた君の字だった。


『今日は記念日だから、橙のガーベラを買ったよ。この花はね、“明るく前向きに”って意味があるんだって。もし、また喧嘩してもちゃんと仲直りできるように。これからも、一緒に笑っていけますように。』


 そこまで読んだ瞬間、

 視界が滲んだ。

「……ばかだなぁ」

 声が震える。

「こんなの……反則だろ……」

 涙が止まらなかった。

 声も出せないほど泣いた。


 でも―― 


 もし、君がこの花を選んだ理由が

 本当に“明るく前向きに”なら。


 ずっと下を向いている私は、きっと君を困らせてしまう。


 私はゆっくり立ち上がった。キッチンへ行き、固まってしまったビーフシチューの鍋を見つめる。


「……食べるよ」


 君が作ったご飯。

 君が帰りを待って作ってくれたご飯。温め直して、テーブルに座る。そして、向かいの空いた椅子を見て言った。


「いただきます」


 一口食べる。


 ――温かかった。


 涙が落ちて、味なんてわからなかったけれど。

 でも、確かに温かかった。


 食べ終えたあと、

 私はガーベラを花瓶に挿した。

 空だった花瓶が、やっと満たされる。

 窓の外では、夜が少しだけ明るくなっていた。私はガーベラを見ながら、小さく呟いた。

「……ありがとう」


「ちゃんと、生きるよ」


 橙色の花は、

 静かにそこに咲いていた。


 そしてその日から――


 私は毎年、

 この日に橙のガーベラを飾るようになった。

 忘れないために。

 後悔しないために。

 そして、君が願った“前向き”を、ちゃんと生きていくために。あの日伝えきれなかった言葉を、今も心の中で、何度も言っている。


「ごめんね」


「ありがとう」


「……大好きだよ」




 橙の花は、

 今日も静かに咲いている。

お読みくださり、ありがとうございます。こちらの小説は「カクヨム」というサイトで一度あげていて、今回こちらで上げさせていただきました。

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