私という人間④
【鬱病舞々の一日の過ごし方 ~AM編~】
子どもが登校した後、平日私は一人になる。
そこからサンルームに洗濯物を干して、サンルームに置いてある花の世話をする。
調子がいい時は、その後、朝一でスーパーに買い物に行く。なぜ朝一かと言うと、お客さんが少ないから。鬱病はとにかく人と関わりたくない。
それに朝一だと半額のものも多いのだ。
それから帰ってから掃除をする。BL小説を書いて午前中を過ごすこともある。
とにかく午前中は起きて、体を動かすようにしたいのだ。
でも、最近は調子が良くない日が続いている。
私の調子が良くない、というのは「体が怠くて仕方がない」「不安が強い」「焦燥感が強い」「虚しくて仕方がない」というものだ。
そんな時は頓服を飲んで、午前中でも寝てしまう。
しんどい時は、寝て時が過ぎるのを待つしかないのだ。
これを聞くと、皆さんは「いいなぁ」と思うことだろう。
私も無我夢中で働いているときに、こんな話を聞いたらきっと同じことを思っただろう。
でも、全然良くないのだ。
鬱病はかかっていても目には見えないし、検査結果に異常値が出るわけではない。だからこそ、辛い。
病気が目に見えないから「辛い」のだ。
この「辛いから寝て凌ぐ」ということが、怠けている、甘えているという風に見られてしまう。
でも、私はとても辛い。それはわかってほしいのだ。
世間の人が働いている時に自分は寝ている。
カーテンを閉め切り、薄暗い部屋で……。
社会と自分を断絶しないと、罪悪感に押し潰されそうになるのだ。
自分は働けない、社会の邪魔者……。果たして生きている意味などあるのだろうか……? そう考えずにはいられない。
自分を責めて責めて、頓服を飲んで午前中でもとりあえず寝てしまう。
そして午後になり、お腹が空けば冷蔵庫の残り物を食べる。
私の場合、午前中頓服を飲んで休めば、午後は調子が少しだけ良くなる。
だから、午前中、調子が悪い時には無理はしない。
「治療も仕事のひとつ。だから今は休むことが仕事だよ」
長男からよく言われる言葉だ。
それでも、太陽の眩しい日差しが、私の心を更に憂鬱にしていく。
やっぱり、みんなが働いている時に、寝ていることは罪悪感を覚えるのだ。
鬱病はセロトニン(幸せのホルモンとも呼ばれる)不足が原因の一つとされている。
だから日光浴をしたり、散歩をしたりすることは、鬱病にとってとてもいいことなのだ。
そんなことはわかりきっている。しかし、鬱病の患者にとって、朝日はプレッシャーでしかない。
今日の天気予報は晴れ。
でも、私の心は天気予報と反比例している。だから私の心の中は大雨だ。
こんなことを書いているうちに、心の中にじんわりと不安が広がってくる。
この感覚がとても怖い。このままどんどん不安が強くなるのではないか? と、それがまた不安になっていく。もう完全に負の連鎖だ。
早く普通の生活がしたい。そう思いながら、今日もカーテンを閉め切った薄暗い部屋で、罪悪感に押し潰されながら過ごす予定だ。
だから、嫌々でも出勤できた人、登校できた人はみんな凄い!
本当に凄いよ! と心から拍手を送りたい。




