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第2話 失われた道標

霧が少しずつ薄れる中、凛は膝を伸ばし、ゆっくりと立ち上がった。樹海の静寂は、先ほどの戦いの余韻をまだ抱えているかのように、彼の耳に微かなざわめきを残していた。


「……まだ、俺はここから進まなきゃ……」


膝に残る痛み、手のひらの小さな切り傷、体の震え。それでも凛の心は、先ほど樹海と共鳴した感覚で満たされていた。恐怖は消えない。しかし、希望と覚悟が恐怖を包み込み、前に進む力を与えてくれる。


道なき道を進む凛の前に、小さな木の標識が姿を現した。古びた木製の道標には、かすれた文字が刻まれている。

「……道標……? こんな場所に?」


足元の苔や蔓が覆い隠すようにしていたが、確かに人の手が加えられた跡があった。道標の指す方向に視線を向けると、霧の奥にぼんやりと人影が見えた。


「誰か……いるのか?」


慎重に一歩を踏み出すと、人影も同じようにこちらを見つめる。目の前に現れたのは、年の頃十五、六くらいの少女だった。肩までの黒髪に、淡い緑色の瞳。凛を見つめるその目は、恐怖や警戒よりも好奇心に満ちていた。


「……あなた、誰?」

少女の声は柔らかく、しかし森の静寂の中で凛の耳に鮮明に響く。


「俺は……遠山凛。ここに伝説の拳を探しに来たんだ」

凛は少し緊張しながらも答えた。拳の話に少女は少し驚いた様子を見せるが、すぐに微笑みを浮かべた。


「伝説の拳……ですか。でも、ここは危険ですよ。樹海は、簡単には人を通さないんです」


少女はそう言うと、凛の横に立ち、視線を前方の霧に向けた。凛は彼女の存在に少し安心しつつも、直感で気づいた――この少女はただの森の住人ではない、と。


その時、背後から低い唸り声が聞こえた。振り返ると、霧の中に動く影。第一話で出会った敵の影とは違う、不気味な存在感。蔓が地面を這い、低く唸りながら二人の前に迫ってくる。


「……来る!」

凛は少女を守るように体を前に出し、再び拳を握った。心拍が急上昇する。恐怖と覚悟が混ざり合い、拳に力が宿る。


樹海の息吹が凛の背中に伝わる。先ほどの共鳴の感覚――まだ、体が覚えている。


「大丈夫、俺が……!」


拳を振り抜く前に、少女が手を伸ばした。微かな光が指先から放たれ、蔓と影を一瞬拘束する。

「行くのよ、凛!」


凛は驚きながらも、その小さな光に背中を押されるように、拳を振り抜く。影が砕け、霧に吸い込まれる。樹海が微かにざわめき、風が二人の髪を揺らした。


「……ありがとう」

凛は息を整えながら微笑む。少女も軽く頷き、緊張をほぐすように笑った。


「ここから先も、危険は続きます。でも……あなたなら、大丈夫」


霧深き樹海は二人を見守りながら、さらに奥へと伸びていた。

道標も、少女も、そして樹海も――すべてが、新たな試練への誘いだった。


霧が深く立ち込める森の中、凛と花梨は慎重に足を進めた。苔の上を踏む音、風に揺れる葉の音。森のすべてが、二人の呼吸に応えるかのように微かに震えている。


「……この森、怖いね」

花梨の声は小さく、しかし少し微笑みを含んでいた。凛は頷き、拳を軽く握る。


「でも、怖いだけじゃ進めない。俺たち、進むんだ」


霧の向こうに、再び黒い影が動いた。前回の戦闘よりも大きく、不気味な気配を放っている。凛は咄嗟に花梨の背を守るように立ち、拳を構えた。


「……敵だ!」

影は蔓のように森を這い、二人に迫る。だが花梨は恐れず、手をかざすと微かな光を放った。光は蔓を拘束し、影の動きを鈍らせる。


「すごい……」

凛は感嘆の声を漏らしながらも、集中を切らさない。影の動きを見極め、跳び、かわし、拳を振るう。樹海の霧が風となり、凛の拳の軌道を導くかのように揺れる。


「……これが、俺たちの力……!」

拳が影に触れ、衝撃が凛の手に伝わる。影は一瞬ひるみ、霧の中に溶けて消えた。


戦闘後、凛は膝をつき、息を整える。花梨も微かに笑みを浮かべ、手を差し伸べた。


「あなた……すごいね。でも、まだ森の奥にはもっと危険があるわ」


凛はその言葉に頷き、再び拳を握る。胸の奥に小さな高揚と覚悟が湧く。樹海と自分の鼓動が共鳴している。


その時、霧の奥から低く響く足音。木々の影から、白い忍装束を纏った少女――秘密結社の刺客、白影が姿を現した。鋭い瞳が凛と花梨を射抜く。


「……ここで、立ち止まるのは無駄よ」

白影の声は冷たく、しかしどこか感情の揺れを含んでいるように感じた。


「……誰だ!」

凛は身構え、花梨を守るように立つ。胸の鼓動は最高潮に達し、樹海の霧が二人を包み込み、緊張感をさらに増幅する。


白影が一歩踏み出すと、蔓が森の奥から動き出し、凛たちを囲む。樹海の意思と刺客の動きが複雑に絡み合い、二人の視界は霞むほどに混乱する。


「……行くぞ、花梨!」

凛は拳を振るい、蔓を破りながら白影に向かう。花梨も手をかざし、微かな光で凛をサポートする。


森の霧はざわめき、風が巻き上がる。拳と光、蔓と霧、全てが絡み合い、戦いは一瞬で極限の緊張と興奮の渦に変わった。


凛と花梨――二人の心が共鳴し、樹海がその力を増幅する。戦闘の余韻の中、凛は確信した。

──俺たちなら、この森の試練を越えられる。


だが、その直後、白影の瞳に微かに迷いが走った。その隙を逃さず、凛は再び拳を振るう――


霧深き樹海の奥、試練と敵が交錯する戦いは、まだ始まったばかりだった。


霧の中、白影が静かに踏み出す。風に揺れる蔓が二人を囲むように伸び、森全体が戦場のように変貌した。


「……貴方、覚悟はあるのね」

白影の声は冷たいが、どこか複雑な感情を帯びている。凛は拳を握り、花梨を見た。小さな手が光を放ち、心強く凛を支えている。


「ある……絶対に負けない!」

拳に込める力が、樹海の霧と共鳴する。蔓が二人に襲いかかる瞬間、凛は跳び上がり、回避しながら拳を振るう。拳が蔓に触れるたび、微かな光が弾け、霧が揺れる。


白影も動じず、鋭い蹴りと高速移動で応戦。凛の目には、敵の動きだけでなく、微かに揺れる迷いが見えた。

──この敵も、ただ戦うだけではない。心の奥に葛藤がある。


「……花梨、俺に任せろ!」

凛は前に出て、白影の動きを牽制。花梨は手をかざし、光のバリアで凛をサポートする。二人の呼吸が合わさり、拳と光の応酬が森を切り裂く。


蔓が再び凛を捕らえようと伸びた瞬間、凛は体をひねり、蔓の隙間を抜けながら白影に接近する。拳を振るいながら心で叫ぶ。


「……俺たちは、ここで負けない!」


拳が白影の動きを押し返す。白影もまた、迷いながらも全力で応じる。二人の間に流れる緊張と興奮は、樹海の霧を震わせるほどだった。


その時、花梨が勇気を振り絞り、凛の側に飛び込み、光を増幅させる。凛の拳が蔓を切り裂き、白影の足元に届く瞬間、白影の目に微かな涙が光った。


「……くっ……」

戦闘の中で、敵の迷いを感じた凛は、拳を止めることなく、しかし最小限の力で白影を制する。敵は倒れず、立ち止まったまま、凛と花梨の姿を見つめる。


霧が静まり、森のざわめきが戻る。凛の胸は高鳴り、全身の力が抜ける。花梨も息を整え、微笑む。凛は膝をつき、涙が頬を伝った。恐怖、孤独、戦い、絆――すべてが胸に押し寄せる。


「……ありがとう、花梨」

凛の声に、花梨も小さく頷いた。


白影は、少しだけ目を細め、やがて静かに立ち去った。戦いは終わったわけではない。だが、凛と花梨の絆、樹海との共鳴が、彼女の心に何かを残した――戦いの中の小さな変化だった。


霧深き樹海は再び静まり、二人を奥へと誘う。道標はまだ先にある。試練は、さらに深くなる。


凛は拳を握り直し、花梨とともに歩き出した。

──恐怖も、孤独も、すべて力に変えて。



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