断章 白きもの
ある雨の日の午後。
サクが庭の薔薇の世話で不在の中、サロンには奇妙な時間が流れていた。
「……」
「ピィ………」
窓辺のカウチに腰掛けたコルヴァンの指に、白い怪鳥ルミが止まっている。
普段ならコルヴァンの姿を見ただけで逃げ出すルミだが、今日は逃げられなかった。
なぜなら、廊下でノクスに追いかけ回され、パニックになって飛び込んだ先が、運悪くコルヴァンの胸元だったからだ。
コルヴァンは音もなくルミを受け止め、そのまま自らの指にそっとのせた。ルミはあまりの恐怖で、逃げることも悲鳴をあげることもできなかった。ノクスに追いかけ回されている時の方がましだっただろう。
コルヴァンは、自分の指にしがみつき、ガチガチに震えている白い毛玉を見下ろした。
「…わたくしの魔力が入っているとは思えんな…」
彼はため息を吐くように、低く呟く。
ルミは「ピィッ」と短く鳴き、首をすくめて更に小さくなった。
その姿は、初めてこの屋敷に来た夜、雷に怯えて震えていたサクの姿と、あまりにも重なる。コルヴァンの胸に、懐かしいような息苦しいような鈍い痛みが走った。
コルヴァンは空いているほうの手を伸ばした。ルミがビクリと身を強張らせる。捕食されるとでも思ったのか、目をギュッと閉じている。
しかしコルヴァンの冷たい指先は、ルミの首元の羽毛をそっと撫でただけだった。
彼は長い指を器用に使い、ノクスに突かれてボサボサになっていた白い羽を、一本一本丁寧に整え始めた。その手つきは、毎晩サクの髪を梳かす時と同じ。無機質で執拗で、けれど壊れ物を扱うような、奇妙な慈しみに満ちている。
「……ピ…」
ルミが、恐る恐る目を開ける。
コルヴァンの指がルミの頭を撫で、背中を滑る。 その冷たい体温と、支配的な愛撫に当てられ、ルミは次第に力が抜けてとろとろとした目つきになっていく。
恐怖が、抗いがたい安心感へとすり替わっていく感覚。
それはまさに、サクが辿った道そのものだった。
「……良い子だ」
コルヴァンが満足げに目を細めた時、ノクスが「ギッ!」と不満げな声を上げて部屋に入ってきた。
「騒ぐな、ノクス」
コルヴァンは、指の上ですっかり脱力してしまったルミを、掌で包み込むようにして見せた。
「見るがいい。……脆い生き物を愛でるというのは、こういうことだ」
力で押さえつけるのではなく、その存在の全てを管理し、依存させること。コルヴァンは、震えるルミの喉元を指先でくすぐる。息子に支配の極意を見せつけるように。
「ノクス、待って……あっ」
そこへ、ノクスを追いかけてサクが戻ってきた。彼女は、コルヴァンがルミを手に乗せ、静かに羽繕いをしてあげている光景を見て、目を丸くした。
「コルヴァンさんがルミを……? 珍しいですね」
サクが近づくと、コルヴァンは何事もなかったかのようにルミを放した。 ルミは慌ててサクの肩に飛び移り、安心したようにサクの耳元に頭を擦り付けた。
「よしよし。コルヴァンさんに撫でてもらえて、よかったね」
サクがルミを撫でて笑う。その無防備で愛らしい笑顔と、肩に乗る白い鳥。黒いドレスを着たサクと、白いルミ。その対比があまりにも美しく、コルヴァンは恍惚とした溜息を漏らした。
「……似ている」
「え? 何か言いましたか?」
「いいえ……お前たちの色は、この屋敷によく映えると言ったのです」
彼はそう言って、サクに手を差し出した。
「さぁ、次は主の髪を整えて差し上げましょう」
サクは無防備に微笑み、ルミを肩に乗せたままコルヴァンの手を取った。




