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断章 雄と雌

その日もノクスはぐるぐると鳴き声を上げながらルミを追いかけ回していた。

ルミは涙目になり、羽をばたつかせ、一直線にサクの元へと逃げ込んでくる。サクはその震える小さな身体を両手でそっと持ち上げた。


「もう、ノクス!いい加減にして」


サクが本気で叱りつける。しかしノクスはまったくきいたふうはなく、カシカシと前足で頭を掻いた。

サクは深いため息をつくと、傍らでその光景を静かに眺めているコルヴァンに向き直った。


「コルヴァンさん。あなたからもノクスにちゃんと言ってください!」

「何をですかな、主よ」

「決まっています!ルミをいじめるのはやめなさいと!」


サクは、少し声を荒らげた。


「そもそもあの子たち、兄妹なのですよ。それに何より、ルミがあんなに嫌がっているのに…!」


サクの人間的で、真っ当な憂慮。それを聞いたコルヴァンは、一瞬キョトンと瞬きをした後、心の底から可笑しいというように、喉の奥でくつくつと笑った。


「兄妹!奇妙なことを仰る。あれらは我々の魔力から生まれた、二つの個体にすぎません。兄妹などと…笑わせる。あなたが勝手にそう断じているだけだ」


彼は目を細めながら続けた。


「強きものと、弱きもの。闇と、光。雄と、雌…それ以上の関係などありはしませぬ」


「ですが、ルミは嫌がって…!」


「嫌がっている? …それは…さようですかな?」


コルヴァンはサクの腕の中で震えるルミと、床の上で獲物を前にした捕食者のように、どこかそわそわと落ち着きなくしているノクスを見比べる。


「わたくしの目には、あれなりの遊戯に見えますが」


「遊戯?」


サクは眉を顰めた。


「逃げない獲物など、狩る価値もない。あのルミが怯え、逃げるからこそ、ノワールも夢中になる。あるいは…」


コルヴァンはふっと、瞳を伏せて笑った。


「あれはルミなりの、ノクスを惹きつけるための振り(愛情表現)やもしれませんぞ」


「そん、な…こと…!」


ありえない!とサクは思った。あまりにも理不尽な、彼の化け物としての理屈に返す言葉すら失う。

コルヴァンは立ち上がるとサクの前に跪き、その潤んだ瞳を覗き込んだ。


「それに…」


彼は、悪魔のように美しく微笑んだ。


「強い雄が怯える美しい雌をその力で追いかけ、手に入れ…やがてその腕の中で、雌が快感に堕ちていく…」


歌うように告げる言葉に、サクが動きを止める。


「古来よりよくある、美しい物語では?あなた様自身もよくご存知ではないですか、主よ」


どこまでも意地が悪く、甘美な響きでそれを囁かれたサクは、顔を真っ赤にさせた。


「し、知りません。そんなの…!」


彼女は、腕の中のルミをぎゅっと抱きしめる。


コルヴァンはそんなサクの姿を、心から満足げに見つめていた。彼女が認めようと認めまいと、コルヴァンは構わないようだった。


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