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断章 美しい首輪

契約から幾年かの月日が流れた。

サクの首に残っていたあの鉄の首輪の痕は、もう綺麗に消え失せていた。彼女自身、そんなものがあったことすら忘れかけていた。ある夜のこと。


コルヴァンは、サクを大きな姿見の前へと恭しく座らせた。サクは、また髪を梳かしてくれるのかな?と思い、たいして絡まってもいない自身の毛先を指で触っていた。しかしコルヴァンの視線を感じると慌てて手を下ろして膝の上で揃えた。


コルヴァンは静かに一つの小さな箱を取り出した。首を傾げるサクに中身が見えるように傾け、そっと開けてみせる。


中に入っていたのは、息をのむほど美しい首飾りだった。

闇そのものを編み上げたかのような、細くしなやかな黒い鎖。そして、中央には一粒、コルヴァンの瞳と同じ昏い黄金色の宝石が妖しい光を放っていた。


「…きれい…!」


サクは思わず、感嘆の息を漏らしてそう呟いた。作りがそもそも美しいが、なんといっても中央の宝石。サクが常日頃から美しいと思っているコルヴァンの瞳にそっくりなのが更に素晴らしく感じられた。

コルヴァンは満足げに微笑むと、その首飾りをそっとサクの白い首へと回した。


ひんやりとした、心地よい感触。サクは、鏡に映る自分の姿に頬を赤らめる。


カチリ


留め具が閉まる硬質な音がした。


グチ…


そして、奇妙な音がした。サクは目を見開く。


それは、普通の留め具ではなかった。音と共に鎖の先端が、まるで溶け合うかのように完全に一つに繋がったのだ。継ぎ目のない、完璧な輪となった…。


「…!?」


サクは驚き、自分の首元に触れる。留め具がない…そしてこの首飾りは、サクの頭から抜けるほど長さの余裕はない。


──外せない、飾り。


その事実に気づいた瞬間、サクの顔から、さっと血の気が引いた。無意識に脳裏に、あの錆びついた鉄の感触が蘇る。あれも、村人に嵌められた後に、継ぎ目を溶かされてなくされた…生々しく思い出して、背筋が冷たくなる。


「…こ、コルヴァン、さん…これ…」

「ええ」


コルヴァンは鏡越しに、怯えきったサクの瞳を見つめる。その肩にそっと手を置いた。


「わたくしがあなたに贈ると約束した、『別の飾り』です」


彼は、サクの耳元にその美しい唇を寄せる。


「かつて、お前の首を絞めていた、あの醜い鉄の輪…下等な人間どもが、お前を家畜として縛り付けるための、汚らわしい首輪…」


嬲るように、追い詰めるように。そして歌うように囁く。サクは身を固くする。


「お前の首にふさわしいのは、そんなものではない」


彼はその美しい首飾りを、冷たい指先でそっとなぞった。


「この宝石には、わたくしの魔力がこもっている。尽きれば、また注いでやろう」


サクは息を呑んだ。


「お前が片時も、わたくしの魔力を忘れぬように」


美しく、絶対に外すことのできない、魔力のこもった飾り…いや、首輪。


サクは言葉を失い、ただ震えていた。

コルヴァンは、そんな彼女の姿を愛おしそうに見つめる。

そしてゆっくりと首飾りをかきあげ、現れた白い首筋に、まるで聖痕でも刻むかのように深くその牙を立てた。


「ひぅっ…!?」

「さあ、主よ。首に飾りをつけた、その美しい姿。今宵は心ゆくまで、愛でさせていただけますかな」


彼は、サクを抱き上げると、ベッドへと運んでいく。


その夜の交わりは、どこまでもその首飾りに、そしてその下の白い首筋に集中した。

彼は、何度もその黄金の宝石に口づけ、その冷たい鎖の感触をサクの肌の上で滑らせる。自分の所有の証が彼女の肌の上で妖しく輝く様を、恍惚と眺め続けた。


サクは、彼の腕の中で悟っていた。

自分はもう二度と、この首輪から逃れることはできない。

鉄の首輪から解放されたあの日、自分は自由になったのではなかった。

ただより美しく、より強力で、そしてより愛に満ちた。別の主人の手に、移っただけだったのだ。その事実が絶望的なのか、それとも幸福なのか。今の彼女には、もう判断することはできなかった。


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