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序章 ようこそお客さま

──どうか、あの子が彼の手を握ってくれますように。


序章 ようこそお客さま


夕暮れの空が、どこか不吉な色に染まっている。

小柄な少女が息を切らしながら、村はずれの林道を駆けていた。背後から迫る意地悪な笑い声と足音。ぬかるみに足を取られよろめくたび、彼女の小さな首に嵌められた首輪の鎖がじゃらじゃらと耳障りな音を立てた。


「おい、待てよサク!」「逃げるなよ、弱虫!」「悪い奴隷にはおしおきだ!」


複数の少年たちの笑い声が背中に迫る。心臓が耳の後ろで跳ねた。

村の少年たちは、サクをいじめることに日頃から熱心だった。泥水に顔を押し付けて呼吸を奪ったり、首輪の鎖を引っ張って引き摺り回したり、麻袋に入れてめちゃくちゃに蹴ったりして無邪気に楽しむのだ。

また捕まったら、どんな“遊び”が始まるのか───

サクは恐怖に背中を押されたように、森の奥深くへと駆けていく。木々の間を縫うように走る。枝が頬をかすめ、湿った落ち葉が滑る。いつの間にか、辺りは深い霧に包まれていた。


そして、目の前に現れたのは——黒い鉄の門だった。村では「化け物が棲んでいる」「主人は恐ろしい魔女らしい」などと噂される、古く大きな屋敷だった。


蔦が絡まる石造りの外壁は灰色で、年月の重みを感じさせる。黒い鉄柵に囲まれた敷地、その門扉には古い魔法の紋章が刻まれていた。誰が住んでいるのか、そもそも住人がいるかもわからない、不気味な建物。


──行き止まり…!


その黒く高い鉄柵を目の前に、サクが途方に暮れて立ち止まり、固く閉じられた門扉を見上げた時だった。


その重厚な門扉が、まるでサクを迎え入れるように音もなくゆっくりと開いたのだ。


サクは息を呑んだ。その間にも、背後から少年たちの足音が迫る。


──ああ…!


サクは涙ぐんで門の向こうの闇を見つめた。


──どんな化け物でも、あの子たちよりはまし!


心の中でそう叫び、彼女は門の中へと飛び込んだ。


サクの背後で、門が閉じる気配がした。驚き振り返ると、柵越しに戸惑う子供たちの姿が見えた。

安堵したのも束の間、空からぽつりと冷たいものが落ちてくる。それは瞬く間に土砂降りの雨となり、追いかけてきた少年たちは悲鳴を上げて逃げ去っていった。


サクも大慌てで屋敷の玄関扉の前へと転がり込む。雨がやむまで軒下で雨宿りをさせてもらおう。そう思った矢先、その重厚な扉もまたギィィと音を立て、ひとりでに開いたのだ。


サクは凍り付いた。さすがにもう、思い違いではない。周りに人の気配もないのに、扉が勝手にひらいたのだ。

呆然としている間に、雨は更に激しくなり、雷鳴が空を裂き、周囲を一瞬白く明るく照らした。雷光は広大な敷地の庭、古びて水のない噴水と雑草が高く生え放題の不気味な庭園をあらわにして、また暗闇に戻った。


その後鳴り響いた雷音に、サクは首をすくめた。屋根があるところにいるのに、跳ね上がる水で一気に濡れ鼠になる。彼女は迷ったが、口を開けたままの扉の中へと、その震える一歩を踏み出した。


「…ごめんください…」


屋敷に踏み込んだ途端、空気が変わった。外の湿った冷気とは違う。屋敷の中は静かで、乾いた香りが漂っている。中は薄暗く、灯りのひとつも灯っていなかった。


「か、勝手に入って、すみません……」


玄関ホールは広く、天井がとんでもなく高い。村の1番のお屋敷だって、こんなに立派ではない。明らかに、奴隷の少女には場違いな空間だった。


「……あのう。誰か、いませんか……?」


水を滴らせたサクはか細く震える声で尋ねたが、返事はない。


その時ふわりと、黒羽が一枚、頬を掠めた。


そして背後に突然現れた、息も詰まるような強大な気配。小さなサクに、巨大な影が落ちた。


「ようこそ。みすぼらしい小娘」


閃光。雷が窓を打ち、一瞬だけ室内を白く照らし出した。その光の中に浮かび上がったのは、異様に背の高い男の姿だった。覗く瞳は猛禽類のそれであり、鋭い光を宿している。


「ひ」


その、ギラついた視線に射抜かれ、サクは、疲労と恐怖に耐えきれず、意識を手放してその場に崩れ落ちた。


最後に雷鳴がもう一度、遠くで聞こえた。


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