第一部:『今川義元編』 第9章:「稲葉山炎上、斉藤家の黄昏」
前話で、今川義元は稲葉山城を無血開城させ、斉藤義龍の臣従を受け入れました。
しかし、戦国の世はそう甘くはありません。すべてが“静かに終わる”わけではないのです。
今回の第9話では、斉藤家内部に潜む強硬派、かつての戦人たちが“誇り”を掲げて立ち上がります。
義元の知略と火計が交差し、稲葉山城の最後の夜が幕を開けます。
燃える城、散る忠義。美濃の夜空に浮かぶのは、火の海か、それとも新たな秩序か。
「斉藤家の若手家臣団が、城の奪還を企てているようです」
泰朝の報告は、夜の帳の中で静かに響いた。
「義龍は病に伏せ、嫡男は降伏を選んだ。だが、誇り高き者たちは、簡単に膝を折るつもりはないか」
稲葉山の山腹に明かりが灯り、斉藤家の旧臣たちが集結しているという。
「その中には、稲葉一鉄の姿も確認されております」
なるほど。義龍の忠臣、武辺一徹の将。彼が動くならば、反抗は小さな火では済まない。
私は小さく首を横に振った。
「泰朝、火計の用意を」
「まことに?」
「誇りある者に、命で報いる必要はない。ただし、火には“説得力”がある」
人が何より恐れるのは、“終わりの兆し”だ。
そしてそれを最も象徴的に伝えるのが、“城が燃える”という事実だった。
その夜、稲葉山城の山麓で、三方から松明を手にした兵たちが静かに動いていた。
私の命により、旧臣たちの潜伏地に火矢が打ち込まれ、乾いた風に乗って火が走る。
「何事だ!?」
斉藤残党の一人が叫ぶ。だが、それは“始まりの合図”に過ぎなかった。
「こちら、今川方より使者、投降すれば命は取らぬ!」
叫ぶ声と共に、崩れかけた寺院に追い込まれた者たちに降伏を呼びかける。
それでも剣を抜いて飛び出してきた者たちは、すべて泰朝の兵により制圧された。
夜空に赤く浮かび上がる稲葉山城の天守閣。
その炎を見上げながら、私は静かに呟いた。
「武の誇りを、知が覆す。これが、時代の変わり目だ」
城に取り残された女房衆と民には手を出させず、翌朝には炊き出しと物資の支援を届けさせた。
民心は動揺していたが、“火の後に来る救済”は、絶大な信頼を生んだ。
かくして、美濃・斉藤家は完全に滅び、稲葉山は“岐阜城”として今川の手に落ちた。
第9話「稲葉山炎上、斉藤家の黄昏」、お読みいただきありがとうございます。
この回では、義元が火計と心理戦を組み合わせて“最後の抵抗”を断ち切る姿を描いてまいりました。
彼の知略は、ただ敵を倒すのではなく、“民を生かす”という次なる段階に入ろうとしています。
次回はいよいよ第一部・最終話。
**第10話「帝国布武、知識が創る天下」**では、今川義元がいかにして“知の帝国”を築き、
新しい統治体制を整えるのかを描いてまいります。
お楽しみに