第一部:『今川義元編』 第7章:「西三河の落日、徳川包囲戦」
徳川元康の反乱は、静かに、しかし確実に火を灯しました。
信長を討ち、尾張を掌握した今川義元の前に、
かつて家中にありながらも野心を隠し続けていた若き獅子が立ちはだかります。
第7話では、知略によって追い詰められた元康が、
最後の手段として本格的な軍事行動に打って出る姿と、
それに対する義元の容赦なき包囲戦が描かれます。
知と理の帝国に抗う者の末路を、どうか見届けてくださいませ。
「元康、岡崎を出ました!」
伝令の声に、本陣が静かに沸き立った。
「兵数はおよそ八千。全軍を率いて、西へと進軍中。
街道封鎖を破り、尾張方面への突破を試みております!」
私は、目を閉じ、静かに指を組む。
「遂に動いたか」
私はあえて待っていた。
補給を絶ち、支援を断ち、三河を“無音の罠”で覆っていた。
そして、ついに元康は、我慢の限界を超えた。
「泰朝、準備は整っているな?」
「はい。殿の指示通り、元康の進軍路に三重の布陣を設けております。
彼の軍が通るには、いずれも狭隘な谷か、川を越える必要がございます」
「良い。まずは“迎え撃つ”のではなく、“押し返す”のだ」
その日のうちに、最前線から第一報が入る。
「敵軍、矢作川渡河地点にて足止め!
地元農民の協力により橋を落としました!」
「信号の煙も確認。遊撃部隊、側面より襲撃中!」
私は地図を見つめたまま、口元を僅かに上げる。
「彼は“退く”ことを選ばない。前進しか見えていないのだろう」
実際、元康は立ち止まらなかった。
傷兵を切り捨て、夜通し進軍。第二の谷間を目指していた。
しかし、その先には、泰朝の伏兵がいた。
「敵、本隊が第二防衛線に接触!奇襲を受け、混乱しております!」
「殿、元康軍、一部の旗印を捨てて敗走開始との報」
私は冷静に頷く。
「追うな。彼にとって最も危険なのは、“味方の疑念”だ」
その言葉の通り、岡崎周辺の家臣たちに動揺が走っていた。
「大久保忠世、寝返りの意志ありと接触を図ってまいりました」
「内応者が出たか、あとは、城を落とすよりも“絆”を断つ方が早い」
最後の決戦は、三河・安祥城の西にて起こった。
そこは、元康が最後の砦として選んだ拠点。
しかし、既に城門は半ば開かれ、兵の士気は地に落ちていた。
「突撃準備」
私の号令とともに、城を包囲していた諸隊が一斉に攻撃を開始する。
砦を守るは、かつて義元に忠誠を誓った武将たち。
だが、その忠誠はすでに霧散していた。
そして、夕刻。
「敵将・松平元康、討ち死に確認!」
その報告を受け、私は静かに天を仰いだ。
「これで、三河も“理の国”となる」
第7話「西三河の落日、徳川包囲戦」をお読みいただき、ありがとうございました。
信長亡き後、元康の反乱は避けられぬものでしたが、
義元はあくまでも血を最小限に抑え、情報と人心操作で勝利を収めました。
本話は、“軍事力によらない知の支配”を強調した構成となっております。
徳川家の滅亡という大きな節目を経て、義元は次なる局面へと進んでまいります。
次回、第8話「濃尾の炎、斉藤の影」では、いよいよ美濃・斉藤家との対峙。
稲葉山城をめぐる攻防が始まります。どうぞご期待くださいませ。