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第一部:『今川義元編』 第3話:「偽りの隙、真の包囲」

戦国の世に舞い降りた“知”の異物、今川義元。

運命を知る者として、歴史学者・一ノ瀬拓海の視点はこの世界を冷静に捉えていきます。

今回の物語では、いよいよ「桶狭間」の前夜、作戦構築の核心へと迫ります。

歴史に刻まれた「敗北」の先にある、可能性の書き換え

義元の静かなる反撃が、ここから始まります。

夜は深く、戦場を覆う空には月が浮かび、薄い雲を割ってその姿をわずかに覗かせていた。

今川本陣では、帳の中に家臣たちが集まり、火灯のゆらめく灯りが不安げな表情を照らしている。

「殿、この策、万が一、信長が別の道を通れば」


控えめな声音で口を開いたのは、長年仕えてきた中老の一人。

その不安は当然だ。私の策は、信長が“あの道”を選ぶという一点に賭けている。


私はその問いに、口元だけで笑みを浮かべて答えた。


「選ばざるを得ないのだ。信長は、奇襲でしか勝機を見出せぬ立場にある」


私が指し示すのは、桶狭間山の南、わずかな谷間に続く隘路。

この道は狭く、通常の進軍では選ばれぬ危険な地形。しかし、その先には本陣の背後、もっとも“効果的な一撃”が可能な位置がある。


「兵力差は圧倒的。信長がまともに攻めれば、消耗戦になるだけ。ゆえに、奴は“最短”で我が首を狙いに来る」


地図に描かれた線、それは、私の頭の中で緻密に組まれた奇襲の“最短解”に一致していた。


その時、泰朝が布陣図を持って現れた。


「殿、伏兵の配置完了、報せが届いております。遊軍も側面に潜ませ、騎馬の小隊が夜陰に乗じて移動を完了しました」


「よし」


私は立ち上がり、地図の上に指を滑らせた。

ここが信長の進軍路。ここに伏兵を置き、ここで包囲網を閉じる。


「ここに誘い込み、挟む。ただそれだけだ」


「成功すれば、奴の首は確実に我らのものとなりましょう」


泰朝の声には、敬意と、わずかな疑念が混じっている。

それも無理はない。義元は、これまで“常識の中”で戦をしてきた。だが私は、未来を知っている者だ。常識に従えば死ぬとわかっているなら、非常識を選ぶしかない。


「泰朝。夜明けまでに、もう一度、伏兵の再配置を確認しておけ。細道の両側には、射手と機動兵。信長が通る瞬間に、一気に包囲をかけるように」


「畏まりました」


泰朝が帳を下がると、私はそっと筆を取り、書状をしたためる。

宛先は、松平元康のちの徳川家康である。


「元康よ、お前の本心などとっくに見透かしている。だが、今は利用させてもらう」


彼の軍勢を本陣の後方に置くことで、“防衛”という名の監視が成立する。

もし信長の奇襲が失敗し、混乱が広がった時、元康が裏切りを試みたとしても、私は即座に対応できる。


すべての配置が終わった頃、外では濃霧が山を包み始めていた。


私は再び地図を見つめ、深く息を吸い込んだ。


「明日、この地で歴史は変わる」


この言葉は自分への誓いだった。


どこかから、静かに角笛の音が響く

それは、霧の中に隠された刃のように、夜の静寂を裂いていった

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

今回のお話では、義元が「歴史の知識」をいかに現実の戦に転用するか、その構築過程に焦点を当てました。

慎重に張り巡らされた包囲網、その中でうごめく知略の罠。

信長との直接対決は次回、第4話にて!

次回は、霧が戦場を包み、ついに“角笛”が鳴り響きます。

歴史がねじれる、その瞬間をどうぞお楽しみに

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