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第一部:『今川義元編』 第2話:「知識が描く布陣図」

戦国という混沌の渦に、突然放り込まれた私、一ノ瀬拓海。

歴史学者として知識を蓄えてきた私は、今川義元の身体を得て、いま、戦の運命を変えようとしていた。

前夜、信頼する重臣・朝比奈泰朝に奇襲の可能性を語り、作戦の再構築を命じた。

だが、それはあくまで“仮説”にすぎない。

知識を現実の行動へと変えるには、迷いと恐れを断ち切らなければならない。

本当に、歴史を欺けるのか?

そして、戦国の“現実”に、私は立ち向かえるのか?

信長の足音が、確実に近づいてくる。

冷たい空気の中、私は未来を変えるための第一歩に、静かに布陣を始めた。

朝霧が薄く流れる戦陣。

私は、地図の前で静かに思考を巡らせていた。

この世界に来てから、まだ数時間。

だが、義元としての記憶と、一ノ瀬拓海としての知識が融合していく感覚は、驚くほど鮮明だった。

感情の混乱とは裏腹に、私の脳内は冷静だった。

歴史学者としての思考が、戦場という現実の中で機能し始めていた。


「殿、作戦図、整いました」


泰朝が差し出した地図に目を落とす。

今川本陣を中心に、前衛・後衛・補給路が丁寧に書き込まれている。

だが、私の目が向かうのは「桶狭間山」の南側、わずかな谷間だった。


「信長は、ここから来る」


地図上の細道を指差すと、泰朝は眉をひそめた。


「その道は険しく、兵が大勢通れるとは」


「だからこそ、狙う。奇襲に必要なのは、“少数でも敵を崩せる場所”」


常識では考えにくい動きをするのが信長。

史実の信長は、二千の兵で義元本陣に奇襲を仕掛け、

十倍の今川軍を動揺させて勝利した。


「彼の思考は、戦国のセオリーでは測れない。

勝てない戦はしない。だが、勝てる局面を作るなら、常識を捨てる」


私は、今川本陣の布陣を“敢えて”手薄に見せる配置に書き換えた。

わざと警備を緩め、信長の目に“隙”を見せる。


「この陣形は、本陣を囮に、誘い込む形ですか」


泰朝が低く問いかける。


「あぁ。そして、奴が細道を抜けてくる地点に伏兵を置く」


地形のくぼみに兵を潜ませ、信長の小隊が最も油断した瞬間に奇襲。

さらにその背後から、回り込んだ部隊が退路を断つ。


「信長を“討つ”のではなく、“生きて帰れなくする”」


泰朝は小さく唸り、そして静かにうなずいた。


「さすがは我が殿、まるで未来を見ているかのようなお考えにございます」


日が暮れ、戦場の空気がぴりつき始めた頃

私は本陣の帳の中で、一通の書状を書いていた。

宛先は、三河・松平元康。徳川家康となる男。

今はまだ、今川家の“客将”として従っている。


「この者、いずれ牙を剥く」


義元の記憶にも、拓海としての知識にも、そう記されていた。


だが、今は彼の力が必要。

彼の軍を“本陣の防衛”に据えることで、もしもの時に前線を崩させずに済む。


「利用する。それが、戦場で生き残る道」


そう、自分に言い聞かせながら、筆を置いた。


戦前夜。

私の帳には、何人かの家臣が集まり、静かな軍議が行われた。

誰もが、勝利を信じていない。

織田は“泡沫”のような小大名だが、それでも奇襲の噂が兵たちを不安にしている。


「我らが戦うのは、兵数ではなく、知恵と構え。

そして、敵の裏をかく“読み”」


私の言葉に、誰かが静かに頷いた。


「殿のお言葉、心強うございます」


「勝利は、乱世の混沌に秩序をもたらす第一歩。

信長を討ち、尾張を手中に収める。

それが、新しき時代の始まりなのだから」


帳が下りたあとも、私は眠れずにいた。

甲冑の下の体温が、自分が生きている証のように思えた。

かつて“死んだはずの男”が、明日、生き残るとしたら


それは、歴史が変わる瞬間。


そしてその一歩は、

“地図に記された細道”という、ごく小さな選択から始まるのだ。


「義元が生きる歴史見せてやる」


そう心の中で呟きながら、私は灯を消した。

今回もご拝読くださり、ありがとうございました。

第2話では、義元もとい拓海が、知識を実際の「戦略」に落とし込む過程を描きました。

歴史を研究する者として、その「結果」ではなく「プロセス」に身を投じるというのは、並大抵の覚悟ではできません。

奇襲に備えるための知略と、予測に基づいた配置。

彼の冷静さと、歴史を“構築する者”としての才覚が、少しずつ明らかになっていきます。


次回、第3話「偽りの隙、真の包囲」では、

ついに戦場が動き出します。霧に包まれた戦場で、最初に動くのは果たして?

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