第ニ部:『本願寺顕如編』 第7章:「死を操る方程式」
二正面の戦いを制した顕如は、
戦いで得た捕虜や人体実験対象を用い、
新たな研究段階へと踏み込む。
彼が求めるのは、ただの疫病ではない。
敵を選んで殺し、味方だけを生かす“選別型死病”
神の裁きに見せかけた精密な殺戮装置だ。
顕如は、病原の培養、感染経路の設計、免疫反応の操作に挑む。
信仰と科学が最も残酷に交わる瞬間が、迫っていた。
実験棟に運び込まれた捕虜たちは、目隠しをされ、
縄で繋がれたまま木製の寝台に並べられた。
薄暗い室内には、煮沸した薬草と、
乾燥させた動物の臓器を砕いた匂いが充満している。
私は木箱から陶製の皿を取り出した。
そこには、以前に流行させた疫病から分離した膿汁と血が塗られている。
これを加熱せず、一定の湿度で三日間保存すると、
病原は弱るどころか、より強い変異株へと変わっていく。
「選別型死病の条件は三つ」
私は助手の僧に語った。
「第一に、特定の体質にだけ致命的であること。
第二に、感染しても外見上は健康に見える潜伏期を持つこと。
第三に、接触ではなく、特定の習慣を通じて広がることだ」
特定の習慣、それは敵国でだけ行われる祭礼や食文化を狙う。
例えば、ある村は塩漬け魚を祝宴で必ず食べる。
その塩の中に、乾燥耐性を持たせた病原を混ぜれば、
感染は自然現象のように広がるだろう。
捕虜たちには、まず免疫を攪乱する薬液を与えた。
苦味と金属臭のあるそれを飲み込むと、
数時間後には発汗と震えが始まる。
その状態で、病原を塗り込んだ布を傷口に当てる。
潜伏期の三日間、彼らはただの軽い風邪のように振る舞い、
やがて四日目の夜、突然、高熱と吐血で命を落とした。
記録板には、症状の発現時間、体温の推移、
呼吸数、瞳孔反射、血の色まで書き込んだ。
私はその数字の連なりを眺めながら、
「死の方程式」が形になるのを感じていた。
次に、捕虜の一部に試作の免疫強化薬を投与した。
これは、私の信徒にだけ密かに配るためのものだ。
彼らは発症せず、病原を体内で抱えたまま運び屋となった。
こうして感染は広がり、敵は病に伏し、
味方は平然とその死を見届けることになる。
「これは神の御業ではない。私が造った秩序だ」
私は呟き、血の匂いが満ちた室内を後にした。
外では秋風が吹き、寺内の信者たちが祈りを捧げていた。
彼らは知らない。
その祈りが、科学という刃の柄を握っていることを。
第7章では、顕如が“選別型死病”という
精密な殺戮兵器を開発する様子を描きました。
特定の習慣や文化を媒介に広がる病は、
敵国だけを静かに滅ぼし、味方の支配を絶対化します。
科学描写を濃く入れたことで、
顕如の思考と方法論の冷酷さが際立ったはずです。
次章では、この病が初めて実戦に投入され、
近畿の覇権争いが大きく動き出します。