第ニ部:『本願寺顕如編』 第2章:「神罰という名の疫病」
衛生と予防の力を「仏の加護」として信者に浸透させた顕如。
次なる一手は、病そのものを意図的に作り出し、
敵を無力化する「神罰」の演出だった。
現代科学の知識を応用し、疫病を設計する彼は、
信者を“実験体”としながら感染経路、潜伏期間、致死率を
緻密に計算していく。
標的は近隣の反抗的な豪族。
救済を与えるのは信者だけ。
信仰と恐怖を同時に植え付ける戦略が始まろうとしていた。
塩を溶かした湯が沸き立つ音が、静かな寺内に響く。
しかし、この日その湯に浸されるのは器具ではなかった。
木鉢の中に並ぶのは、感染者の膿と血液を含む布切れだ。
「これで、培地は完成します」
私の言葉に、側に控える僧、医学知識を叩き込んだ信者が頷く。
顕如としての私は、すでに本願寺内部に
“研究坊”と呼ばれる隔離区画を設けていた。
そこでは、衛生改革で信頼を得た信者たちの中から、
特に忠誠心の厚い者を選び、助手として育てていた。
「顕如様、この疫病は本当に仏の御業なのでしょうか」
問いかける声に、私は微笑んで返す。
「無論だ。病は人を試し、救いを知るきっかけとなる」
そう言いながら、私は内心で別の計算式を描いていた。
狙うのは近隣の豪族
本願寺に従うことを拒み続ける播磨の国衆。
彼らの領内は衛生状態が劣悪で、
井戸は家畜の糞尿で汚れ、風下には屠殺場がある。
感染拡大にはこれ以上ない条件だった。
私はまず、感染源となる者を密かに領内へ送り込む。
行商人や巡礼僧に紛れた信者だ。
彼らの体には、膿を塗り込んだ布を擦り傷に巻きつけてある。
潜伏期間はおよそ八日、
発症すれば高熱と嘔吐、皮膚の潰瘍が現れ、三日のうちに死に至る。
だが、信者にはあらかじめ煮沸した薬草液と
乾燥させた柑橘皮を与え、症状を軽減できるよう仕込んである。
それを「仏の加護」と称するのだ。
八日後、報告が届く。
「顕如様、敵領の村で奇病が発生。
人々は“呪い”と恐れ、家々に籠っております」
さらに四日後
領主自らが使者を送り、本願寺へ救いを求めてきた。
私は使者に、祈祷と共に予防薬を授けた。
だが、条件をつける。
「汝らが仏門に帰依し、二度と本願寺に刃向かわぬこと」
薬は劇的な効果を示した。
感染は信者の村で止まり、
敵領主は民衆の圧力に屈し、私に膝をついた。
「これぞ仏罰にして、仏の慈悲である」
私の言葉に、僧も領民も深く頭を垂れた。
疫病は恐怖と信仰を一度に植え付ける。
そして、その制御権を握るのは私だけだ。
この瞬間、私は確信した。
戦国の覇権を握るのは、武力ではない。
科学と信仰の融合こそが、絶対の支配を生む。
第2章では、顕如が疫病を「神罰」として設計し、
敵対勢力を屈服させる様子を描きました。
潜伏期間や感染経路まで計算し尽くされた病は、
武力を使わずに領地を落とす最強の武器となります。
また、信者にのみ救済を与えることで、
恐怖と感謝を同時に植え付け、
顕如の支配網はさらに強固なものとなりました。
次章では、三好長慶との対決へ向け、
暗躍する松永久秀の影が現れます。