手紙
三題噺もどき―ろっぴゃくごじゅうろく。
「……ふぅ」
日課の散歩から戻ってきた。
今日は雨こそ降ってはいなかったものの、分厚い雲が空を覆いつくしていた。
月でさえ完全に隠れてしまっているのに、星がそれに勝てるわけもなく。町はいつも以上にどんよりと暗く沈んでいた。
「……」
散歩道にできていた水たまりで少し濡れた靴の底を、エントランスの入り口に置かれているマットで拭いておく。このマンションの管理人の趣味なのか、カピバラのキャラクターが描かれている。可愛い。踏むのは申し訳ないが、靴が鳴るのは苦手なので念入りに拭いておく。
「……」
ホントはもう少し歩いていたかったのだが、遠くから雨の匂いがしてきたので引き返してきたのだ。あまり降らなそうならそのまま続行していたが、本格的に降りそうな感じだったので、濡れる前に戻ろうと、帰ってきた。
「……」
私は、別に濡れるのはどうでもいいのだけど。
家にいる怖い鬼が怒るからな……風邪をひくだの何だのと。そんなことないのに。
最近は小雨程度でも濡れると嫌そうな顔をするから、勘弁してほしい。
それくらいは別に何ともないのに。
「……」
雨の気配のせいで、少し重たくなった空気を感じながら、階段へと向かっていく。
その道中に、このマンションの集合ポストがあるのだけど。
いつもなら素通りするが、今日はそうはいかなかった。
「……」
随分前に懲りたと思っていたのだけど。
今度はどこの誰だろうか。どこの愚かモノだろうか。
いい加減身の程知らずもいいところだろう……。
「……」
集合ポストの、私たちの部屋番号が振られた箱の中。
そこから少しはみ出すようにして、白い紙が覗いていた。
無視してやろうかと思ったが、ここに置いておくとアイツが取りに来るときに見るだろうからよろしくない。
「……」
まぁ、どうせ。
たいしたこともない嫌がらせだろうけど。
何が楽しくてこんなことをしているのが問い詰めたくなるなぁ。
これが嫌ならさっさと移動したらいいんだろうけど。渡り鳥のように季節によって場所を移動するなんてことは簡単には出来ない。
「……」
はみ出ていたその白い紙を力に任せて引き抜く。
一瞬引っかかりこそしたものの、その後は抵抗なく素直に手元に収まった。
引っかかったのは、封をしていた蝋のせいだろう。
「……」
そこには、どこか既視感のある紋章が刻まれている。
それを見て思いだすのは、思いだしたくもないし見たくもないが、見慣れたあの家の紋章。
これをよこした奴、または一族が、あの家に対するリスペクトを持っているのか、それかあの家の分家なのかは知らないが……やめて欲しいものだ。
「……」
封をしている蝋を、爪ではがし、中身を取り出す。
全くいい奴だと思わないか……こんなものさっさと燃やしてしまえばいいのに、わざわざ確認だけはしてやろうとしているあたり。……今度来たら問答無用で燃やしてやろうかな。
「……」
まぁ、その中身も見慣れたものだ。
たいしたこともない。何が言いたいのか何がしたいのかなんて大抵同じだ。
こちらに取り入るのが目的なのが目に見えている。そんな事をして何になるのだろうと言う感じだが。
「……」
破り捨てたいところだが、これがごみ箱にでもあると、よろしくないので。
……私やアイツにとってはたいしたことのない、ちょっとした呪いではあるが、人間が中てられるかもしれないので。
これはまぁ。
燃やす。
「……」
どうやら今回この手紙をよこした者は、優秀だったようだ。
前回のはその辺で様子見をしていたようだが、気配がしない。―が、まぁ、呪い返しは倍にして返しておいたのでそうそうすぐには来ないだろう。
また奇襲でも掛けて来たらどうしたものか……めんどうだ。
「……」
平穏なこの日々を壊そうとする奴は誰だろうと許さない。
それだけは必ず守ると決めている。
「……」
さて。
さっさと部屋に戻って仕事の続きをしなくては。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「早かったですね」
「あぁ、雨が降りそうだったからな」
「そうですか……何か燃やしましたか」
「いや?」
お題:紋章・カピバラ・渡り鳥