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駕籠屋・弥次郎:「外の景色が見たくなった時は、こう、ペロリと簾を捲ってくださいまし」
と、最初はこれでもよかったのですが、駕籠というのは意外と揺れが激しいものでして、ペラペラと簾を捲るのはどうにもやりづらい。何より長く外を拝みたい時が大変で、閉まろうとする簾を重力に逆らって、揺れながらも持ち上げ続けなければなりません。そうしていると、こう、腕がプルプルと震えてくる訳ですが、これでは景色を楽しむ所ではございませんよね。
客の老主人:「外が見辛いのですが」
堪えきれずに老主人、開口一番、苦言を呈しました。更にゴソゴソと懐をまさぐると、
客の老主人:「五両あります」
と、小判を五枚取り出しましたのでございます。
客の老主人:「ここから礼を弾もうという話なのですよ」
成程、こいつは大きな仕事。当時の一両は現在の円に換算いたしますと、五万円程。五両といいましたらかなりの大金です。まあ、五両全てとはいかないまでも、一~二両は出てくる訳ですから、何とも美味しい話でございました。
駕籠屋・二人共:「やはり、俺の見立てに狂いはなかった」
と、駕籠屋二人は顔を見合わせ、したり顔。
駕籠屋・田吾作:「分かりました。簾を開けたままにして、参りましょう」
と、いつもは外から見えぬように覆っている簾を全開にして、「よし、一丁やってやろう」と、自分達を奮い立たせて気合いを込めると、脚を交互に力強く踏み出し、街道筋を進み始めました。
しかしながら、御駕籠の簾を開きましたる景色とは、目の前を数多の股間が行き交う何とも奇妙な光景でして、女の尻の一つもあれば艶やかになるというものの、裾を捲し上げたるは男物の褌ばかりであると、これまた風情の無い始末。主人はすっかり嫌気が差してしまいました。
客の老主人:「やる気が足りないのです」
歯に衣着せぬ一言に、流石に頭に来た駕籠屋さん。やりたくもない仕事を一生懸命やっているのに、何処がやる気が無い部分であるのか、何処まで我慢すれば幸せになれるのかと、年上相手ではございましても、小一時間問い詰めたい気分になりました。
駕籠屋・弥次郎:「御客さんはどうすれば良いと思われます?」
と、両頬膨らませそっぽを向くと、
客の老主人:「肩で担ぐのはどうです?」
と、予想とは少し違った御答え。それならばと、二人は御駕籠を横に避け、御老体を肩で担いでみる事にいたしました。
客の老主人:「ちょっと、揺れています。揺れていますよ」
流石に二人で担ぐ訳にはいかないという事で、一人の肩で担いだ所、グラグラグラリと、安定しない事この上ない。上でバランスをとるというのは中々難しいものでございまして、如何に下が慣れていようにも、所詮は人ですから限度がございます。やがて、ドスンと砂煙が立ちまして、
客の老主人:「痛たたた、なんて事をしてくれるのですか」
見事倒れて、哀れ駕籠屋は主人の尻の下敷きに。
駕籠屋・弥次郎:「はい、すみません」
と、鈍い痛みを堪えながらに、苦笑いするしかございませんでした。