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この世にタクシーという物がございますが、お江戸の時代は駕籠屋でございまして、二人の男が棒に引っ提げた駕籠に乗り込む形でございました。都心では交通機関が整っているものでございますから、深夜からがタクシーの出番と、何ともキツい仕事ではございますが、この駕籠屋というのも、人力ですから肉体労働の極みという奴でして、いつの時代も辛く険しい職業でございました。
ジリジリと陽射しと蝉の鳴き声が止まぬ、茹だるような暑い夏の日。スカッと晴れ渡った空と比べますと、何ともだらけきった二人の男が木陰で休んでおりました。暑い所為か着物の裾を捲り上げ褌は丸出しと、怠惰の極みとも取れる風体でございます。
駕籠屋・弥次郎:「田吾作どん」
駕籠屋・田吾作:「あいよ」
駕籠屋・弥次郎:「客は来なさらんな」
駕籠屋・田吾作:「弥次郎どん、もう少し陽向の街道沿いに行かんと無理だろうよ」
田吾作という駕籠屋の言う事も尤もでございまして、確かに日陰に客は寄っては来ません。強い陽射しを避ける為に、暑さで参った時の助けの為に、御駕籠を頼るのでございますから。
駕籠屋・弥次郎:「行くかい?」
駕籠屋・田吾作:「馬鹿、卒倒しちまうよう」
と、やる気の欠片も無い訳でございまして、これではまた女房の大目玉を食らうのは確実であるなあと、諦めかけた丁度その時でございました。
客の老主人:「ちょいと御免なすって」
女の様な繊細な声にくるりと振り向いてみると、スラリと細身で白髪の、鶯色の着物を召した、何処から見ても大店の主といった佇まいの御老体が、颯爽とお立ち寄りになっているではございませんか。青天の霹靂とは正にこの事。この好機を逃す訳にはいきません。口も八丁手も八丁と、あれよこれよと話をつけまして、いざ行かんと立ち上がったその時でございました。
客の老主人:「今日は朝から雲一つ無い晴天。富士の山もよく見えますよね?」
なんて、駕籠に乗りながら富士が見たいと贅沢を言い出しましたから、こいつは何とも面倒臭い。けれども、客もとらずに家に帰れば嫁に叱られるのは目に見えている。ええい、仕方がないとばかりに、二人は嫌々ながらに客の頼みを引き受けました。