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第3話 噂と追い詰められる家③

 夜、アルディアス家の屋敷。その広いホールは灯りが落とされ、妙に冷え冷えとしていた。そこへ外出から戻ったガイルが苛立ちを隠そうともせず、ずかずかと足音を響かせる。ちょうどその廊下を通りかかったエレノアと鉢合わせになると、お互いの表情が一層険しくなった。


「父様、あまりにも足音がうるさいんだけど? そんなに荒れてどうしたのよ」

「それはこちらの台詞だ! お前こそ、婚約破棄で社交界の笑い者になってるらしいじゃないか! さっき借金取りにまで『破談の噂を聞いた』って責められたんだぞ!」

「仕方ないでしょう? あっちが勝手に破棄してきたんだから。私だって迷惑なのよ!」


 エレノアが胸を張るが、ガイルは吠えるように声を上げた。


「迷惑? そんな生ぬるいもんじゃない! こっちは借金返済のメドが立たなくなるじゃないか。いったいどう責任をとるんだ!」

「はあ!? そもそも借金まみれにしたのは父様でしょう? ギャンブルに愛人遊びを繰り返して、財産を食いつぶしたのは誰なの?」

「黙れ! 貴族として楽しみくらいあって当然だ! それを言うなら、お前だって贅沢ばかりしてきただろうが!」

「……私が贅沢をやめてたら借金は膨らまなかったって言うの? 無茶を言わないで」


 大理石の床に二人の罵声が響き渡る。そこへ、遠巻きに様子をうかがっていた侍女のステラが、少し困ったような顔で現れた。彼女はあくまで控えめな態度を取りつつ、心の中では「やれやれ、なんて浅ましい親子喧嘩なの」と冷めた考えをめぐらせている。


「ご当主、エレノア様……、お疲れのご様子ですが、お茶でもお持ちいたしましょうか?」

「必要ない!」

「いらないわ!」


 二人同時に拒絶して、再び向き合う。険悪な空気がさらに増幅されていくのを感じ、ステラはその場を離れようと一歩下がる。わざわざ止めに入って巻き込まれるのも面倒だ、というのが本音だ。


(ほんと、放っておきましょうって感じね。こんな二人がリーダーシップをとっていては、家が傾くのも当然。もっとも私は、自分の利益さえ確保できればそれでいいけれど)


 ステラは内心でそう冷笑しながら、あえて表情には出さない。ほんの少し(かな)しげな表情を装い、視線を下に向けて黙っている。ガイルとエレノアはそんな彼女などまったく目に入っていない。


「娘のお前がもっとしっかりしろ! この家の名誉を取り戻す方法を考えろ!」

「父様こそ、もう少し散財を控えたらどうなの? この期に及んでまだ遊興に走るつもりなの?」

「うるさい! もう、余計な口を挟むな!」


 怒鳴り合いは止まらない。貴族であればさぞ優雅な家族団欒(だんらん)の図を想像されるだろうが、実態は醜い責任の押し付け合い。ステラは「こんなに露骨に罵り合うなんて、もはや滑稽(こっけい)ね」と思いながら、それでも頭を下げて静かに言葉を紡いだ。


「私は失礼しますわ。……ご用があれば、いつでもお呼びくださいませ」


 二人が何かを返すわけでもなく、ステラは黙ってその場を去る。ホールにはガイルの怒声とエレノアの反論がこだまするばかり。しかもその内容は「お前が悪い」「いいえ、あなたのほうがもっと悪い」と堂々巡りだ。


(この家、もう長くないわね。下手したら、近いうちに本当に崩壊するかも)


 ステラはひそかにそんな予感を抱きつつ、自室へ戻っていく。そこにはノートのようなものが用意されており、どうやら屋敷内外で得た情報をまとめているらしい。もちろん内容は外部に出せば高値で売れるようなものばかりだ。


「……まあ、もうしばらくは様子見ね。ガイル様もエレノア様も、まだ『自分たちならなんとかなる』って本気で思ってるみたいだし。さて、私はもう少し観察を続けさせてもらいましょうか」


 ステラが目を細めて独り言をつぶやく。彼女にとって、アルディアス家が破滅に向かおうが、自分だけは上手く立ち回るチャンスがある。そう確信しているからこそ、今はあえて止めに入らず、冷めた目で見守るに留めるのだ。


 一方、ホールではガイルとエレノアがどこか疲れたように言い争いをやめ、互いに背を向けて解散しようとしている。事の重大さには全く気づかないまま――あるいは気づいていても認めたくないまま、彼らはまだ「自分たちはやり直せる」とどこか楽天的に考えていた。


 しかし、破綻への足音は確実に迫ってきている。そのことに気づいているのは、今のところステラただ一人である。

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