第3話 噂と追い詰められる家②
一方その頃、父ガイル・アルディアスは公爵領の外れにある小さな貸金業の店で、借金取りと対峙していた。掘っ立て小屋とまでは言わないが、さほど上等でもない建物の中で、強面の男たちがガイルを取り囲むように立ちふさがっている。
「悪いが、アルディアス家の信用もここまでだ。聞けばお宅の令嬢、婚約が破棄されたとか?」
「い、いや、あれは……ちょっとした誤解だ! すぐに挽回する! まだ正式に破談になったわけじゃない!」
ガイルはそう言い張るが、借金取りたちは冷たい目を向けるだけだった。彼らも商売でやっている以上、返してもらえそうもない相手には追加融資をしたくない。今までは「名門の看板」を見て多少は融通してきたが、最近の噂が事実ならもう限界だ。
「悪いが、もう少し猶予をくれ。次の返済日には何とか用立ててみせる。必ずだ!」
「ふん、そう言われ続けてどれだけ経ったと思ってる。ギャンブルに愛人遊び、散在しまくって返済を先延ばしにしてきたのはどこの誰だ?」
「う、うるさい! 人の家の事情に首を突っ込むな。……とにかく娘の結婚が決まれば大金が手に入る。それまで待てばいいんだ!」
ガイルの言葉を聞くと、借金取りの男たちは顔を見合わせる。そして呆れたように息をついた。
「その『娘の結婚』とやらが、破談だって噂じゃないか。言い逃れしてる場合かよ?」
「うちのエレノアはまだ若い。いくらでも縁談の相手は現れる! たまたま一つ破断になっただけで、我が家の名誉が損なわれるわけがないだろう!」
「へえ、よくそんな強気でいられるな。こっちは金を返してもらわんと困るんだ。結婚だかなんだか知らねえが、待てる限度はとっくに超えてる」
ガイルは胸元からハンカチを取り出して汗を拭う。声を張り上げてはいるが、その実、胃がキリキリ痛んでいた。ここで融資を断られたら、すでに迫っている返済期限をどう乗り切るか皆目見当がつかない。
「娘さえ、娘さえなんとかすれば……! そうだ、今だっていろいろ縁談の話を探しているんだ。だからもう少し待ってくれ!」
「毎度のことだが、あんたの『もう少し』は一体いつだ?」
「くっ……!」
男たちはガイルを取り囲みながら、債権者の権利を主張し続ける。ギャンブル、愛人に費やした莫大な金――それらを誰よりも理解しているのはガイル自身。それでも彼は引き下がらない。何とか言葉を絞り出し、目を血走らせるように怒鳴る。
「アルディアス家を侮辱するつもりか! 我が家の歴史は数百年にも及ぶ高貴な血筋だぞ。少々の遅れはあっても、いずれはちゃんと返すに決まってる!」
「へえ、だったらさっさと返してもらおうか。もう『お前のところには金がない』って話が、社交界でも広まってるってのに?」
「黙れ! そんな噂、デタラメだ。……くそっ、あと少し、あと少し時間をくれれば!」
借金取りは、「まあ、今日はこれくらいにしとくか」とニヤリと笑い、次の期限をガイルに突きつける。絶望的に近い条件だが、ガイルに拒否権はない。もしここで決裂すれば、債務不履行を公表され、すべてを失う可能性がさらに高まる。
(どうにか娘を良いところへ嫁がせて、その持参金でまとめて返済するしかない……!)
そんな情けない思考にしがみついているガイルは、「名門」「高貴」「伝統」などの言葉を繰り返し、自分を奮い立たせるしかなかった。現実には、この借金を一気に清算してくれる後ろ盾など、もうどこにも存在しないというのに。




