最終話 全員破滅の幕引き①
朝日に照らされていたはずのアルディアス家は、いまやほぼ廃墟と化していた。先日までは大勢の使用人が行き交い、豪華な調度品や飾りが並んでいた一角も、今は空っぽの床ががらんと広がっている。わずかに残されたカーテンが風に揺れ、埃まみれの静寂が悲惨さを際立たせていた。
「ガイル様、失礼しますが、もう出ていかないと……」
どこか申し訳なさそうに声をかけてきたのは、長年仕えていた使用人の一人だった。彼らとて借金取りや債権者に逆らう力はない。それに、この家を出れば新たな雇い先を探さなければ生活が成り立たないのだ。
広間の中央にはガイル・アルディアスとエレノア・アルディアスが立ち尽くしている。かつては輝かしい家具や絵画があった場所も今は何ひとつ残されていない。壁には外されて埃が浮き上がった跡がうっすらと見え、そこに「こんな屋敷にも終わりが来たのか」と告げるような空虚さだけが漂っていた。
「……嘘だろ……どうして、どうしてこんなことに……」
ガイルが力なくつぶやく声は震えている。薄汚れたシャツ姿に変わり果て、髪は乱れ、もはや「貴族」という言葉とはかけ離れた姿だ。無理やり差し押さえで持ち出されなかった服を探して身につけたが、それすらもみすぼらしくなってしまった。
「父様、どうすればいいの……? 私たち、どこへ行けば……」
エレノアは落ち着きのない視線を彷徨わせ、涙をぽろぽろと零している。ドレスは強制的に奪われ、今は質素な衣服を羽織っているだけ。肌にまとわりつく埃が鬱陶しく、くしゃみをこらえるように顔を歪めながら、震える唇で懸命に耐えていた。
ドアの外からは、すでに差し押さえ人たちが最後の確認作業をしている足音が聞こえてくる。誰もこの親子を助けようとはしない。かつては「名門アルディアス家」と高く評価され、周囲から崇められてきたというのに、落ちぶれた姿がいまここにある。
「こんなの、おかしいじゃない……! 私、ただ家を救いたかっただけよ、贅沢をしたかったわけじゃない。借金さえなければ、こんな――」
「……俺だって好きでこうなったわけじゃない。家名を守ろうと……思っただけなんだよ。でも、全部が裏目に……」
ガイルはうわごとのようにつぶやき、膝に手を置いてその場に崩れ落ちそうになる。傲慢に振る舞ってきた彼にも、いよいよ逃げ道はない。視線を床に落とし、「俺が間違ったのか……」と弱々しく笑うしかなかった。
エレノアもうなだれ、「こんなはずじゃ……」とかすれた声を絞り出す。それまで彼女が抱いていた誇りや美しさは、いまやすべて剥ぎ取られ、まるで路上に転がる石ころのように扱われている。
そんな二人を横目で見た差し押さえ人が、嘲るようにつぶやく。
「名門、ねえ……笑わせるよ。詐欺まがいの行為をして集めた金で貴族の面を保ってきたんだろ。ずいぶん見苦しい末路じゃないか」
「まあ、こうなるのも当然かもな。そんな薄っぺらい威光にすがった報いってやつだ」
聞こえよがしに笑われても、エレノアは歯を食いしばって言葉を返せない。まるで喉に棘が刺さったかのように、訴えも抗議も声にならないのだ。かつての絶対的なプライドは今や踏みにじられ、すべてを失った恐怖が勝っている。
結局、数分後には差し押さえ人たちによって屋敷から一歩外へと追い立てられ、ガイルとエレノアはみすぼらしい格好のまま門の外へ放り出される形となった。そこにいるのは誰か一人、手を差し伸べてくれる使用人もいない。かつて従えていた多くの人々は、すでに新たな職を探しに四散している。
そうして二人は無言のまま立ち尽くし、途方に暮れて視線を彷徨わせた。街の住人が物珍しそうに見つめるなか、ガイルはつい声を荒げる。
「……俺が間違っていたのか……名家の誇りで、いくらでも金は集まると……」
「私は……ただ家を救いたかっただけ……。金があれば、何もかもうまくいくって思ってた……こんな……」
エレノアがしわがれた声でつぶやき、ガイルも脱力したように目を伏せる。周囲からは嘲笑だけが飛び交い、誰一人同情の言葉を口にしない。そうして長きにわたって守り抜いたアルディアス家の名誉は、土埃にまみれて完全に踏み潰されるのだった。




