第19話 破滅への転落③
激しい騒ぎで大混乱に陥るアルディアス家。その裏側で、一人の女性が裏口からこっそりと荷物を運び出そうとしていた。フローレンス・ベルハイムだ。
大量の仲介料をかすめ取ってきた彼女は、「ここで大騒ぎが起きているうちに逃げ出そう」と算段を立て、夜陰に乗じて荷馬車を用意している。だが、そこに待ち伏せていたのは社交界の「警務役」と呼ばれる者たち。彼女を散々に罵倒する投資家たちも同行していた。
「フローレンス・ベルハイム! あんたには仲介詐欺の疑いが掛かってる。社交界からも追放される宣言が出てるんだぞ!」
「へっ、勝手に逃げようったってそうはいかないぜ。金を持って夜逃げするつもりじゃないのか?」
「ち、違うわよ、これは別件で……」
フローレンスはカバンを後ろ手に隠しつつ、必死に笑顔を作る。だが、男たちは容赦なく彼女を取り囲む。
「もう聞き飽きた。『紹介しただけ』だの言い訳は通用しないんだ。あんたの二股三股営業、あちこちで証言が出てるぞ?」
「そうだ。どれだけの人に『あなただけ特別』と唆して仲介料を取ったか……相当な悪質だ。許されると思うなよ!」
「くっ……! みんな勝手に思い込んだだけじゃないの! 私はただ……!」
フローレンスが泣き落としに出ようとするが、投資家たちの一人が「黙れ! 二度と顔を出すな!」と怒鳴りつける。さらに、「社交界からの追放宣言」は正式に発表されたと告げられると、フローレンスは目を剥いた。
「追放……? ま、待ってよ、そんなことされたら私の生きる道が……!」
「今更何を言うか! あんたは我々を詐欺行為に巻き込んだ共犯者だ! 二度と社交界に足を踏み入れることは許されない!」
「そんな……ひどい! 理不尽よ、私だって被害者なのに!」
「どこが被害者だ。仲介料を散々貪っておいて、よく言うな!」
フローレンスは崩れ落ちるように膝をつく。金を詰めたカバンをぎゅっと抱きかかえるが、それもすぐに男たちに取り上げられそうだ。
ちょうどそのとき、裏口の向こうからステラが姿を現す。彼女も同じく夜逃げを試みようとしていたのだろうか、小さめの鞄を握っている。しかし、そこに警務役の男たちが近づき、ステラの腕をつかんだ。
「おっと、こちらは『詐欺幇助』の容疑者か。何度も偽造書類を作っていた証拠が見つかったそうじゃないか」
「……まあ、私も関わってはいましたが、命令された通り動いただけで……!」
「命令? いいわけあるか。あちこちに情報を売って儲けていた事実も出てるぞ?」
「そ、それは……」
ステラが言葉に詰まると、男たちは「駄目だこりゃ」と嘲笑するように首を振る。フローレンスはそばで「あんたが書類をちゃんと作らないから!」と再び責任転嫁しようとするが、ステラは冷ややかな目を向けて「そっちこそ二股三股で手広く儲けようとしたくせに」と応戦。
だが、今はそんな舌戦も意味をなさない。周囲の追っ手が二人の逃亡を阻むように取り囲み、「ここで捕まるか、全部白状するまで帰さない」と脅しをかける。
「くそ……! こんなの理不尽だわ! 私が悪いっての!?」
「ええ、悪いに決まってるでしょうが。どちらも全部自業自得だ!」
「そうよ。大体、誰が『私だけ特別枠』とか言って仲介料を……!」
投資家たちから責め立てられ、フローレンスは半泣きになりながら取り囲まれ、ステラは「こんなの不公平よ。私は上の命令に従っただけで……」と叫ぶが、誰も耳を貸さない。
こうして二人とも自分だけの利益を優先し、「どっちに転んでも得をする」つもりだった計画が、最悪の形で崩壊する。フローレンスは社交界からの追放を言い渡され、ステラは詐欺への加担と内部情報の売買が露見して逃亡もままならず足止めを食らう。
「こんなの嫌よ! 私が何をしたって言うの……!?」
「全部喋るんだな、今までの悪事を……。さあ、連行するぞ!」
「い、いやああ! 私、何も悪くないのに……!」
「うそばっかり言うんじゃないわよ!」
泣き叫ぶフローレンス。蒼ざめたステラ。そこに容赦ない怒声が飛び交い、二人は完全に包囲網を敷かれた中で動きを封じられる。
かくして、アルディアス家の詐欺計画に乗っかり、「自分だけが得をしよう」と目論んだ者たちが、こぞって失墜へと突き落とされていく。フローレンスとステラの逃亡は失敗に終わり、その末路はまさに自業自得の惨状。
こうして彼女たちの狡猾な野望も幕を下ろし、周囲からは完全に見放される。屋敷の表側ではアルディアス家自体が差し押さえを受け、裏口では共犯者が捕縛される。その光景こそ、この詐欺劇の皮肉極まりない終焉を示していた。




