第17話 暴かれ始める詐欺の証拠③
夜になっても鎮まることのない混乱に、アルディアス家の廊下はざわざわと落ち着かない。ガイルとエレノアは、ようやく投資家たちをなだめて一時退散させたものの、「すぐに金を返せ」と迫られていて逃げ場がない状態。
書斎では、エレノアがソファに座り込んで頭を抱え、ガイルが苛立ち紛れに部屋を歩き回っている。
「どうすればいいのよ!? あんなに大勢が『詐欺だ』って怒鳴り込んできて、時間なんてほとんど残されてないじゃない!」
「くそ……せめてあともう少しだけ猶予があれば、追加の投資金が入ってきたのに。レオンやカトリーナだって、まだ出すって言ってたろ?」
「レオンやカトリーナが出した金で全部返せると思ってるの? 無理に決まってるわよ!」
「じゃあどうするんだよ、このまま諦めるのか?」
二人のやり取りがヒートアップするなか、部屋の隅に控えていたステラがするりと声をかける。まるで待ちかねていたかのように、彼女は涼しい顔で口を開いた。
「お嬢様、ガイル様。……もう少し『時間稼ぎ』をされてはいかがでしょう。実は、まだいくつか裏技があるかもしれません」
「裏技? こんな状況で何ができるのよ? 印章の偽装だってもうバレバレ、日付の改ざんも指摘されてるのに……」
エレノアはやけ気味に吐き捨てる。ステラは微笑みを浮かべながら、その一方で何枚かのメモ書きを取り出して見せる。
「たとえば、まだ『海外投資家』の話を盛り込むとか、新規事業のフェーズ2だとか、架空のプランを大きく打ち出してみるんです。いかにも『もっと凄い案件が待っている』って煽れば、火消しになるかもしれませんわ」
「はあ? そんなごまかしが通用すると思うのか?」
ガイルは苛立ちを隠さず叫ぶが、ステラは平然と首を振る。
「通用するかどうかの問題ではなく、『時間稼ぎ』ができればそれでいいのです。騒ぎは大きくなっても、投資を引き上げる余裕を与えずに、もう少し賭け金を上乗せさせることが可能かもしれません」
「意味わかんないわよ……。そんなことしてどうするの?」
「周りが錯乱している今なら、さらに『大儲けの可能性』を匂わせれば、一部のギリギリ組は追加投資をしてくれるでしょうし、慌てて出資を引き上げる人たちもいれば、その空気に押されて『待てば成功するかも』と考える人もいるでしょう?」
ステラは物騒なまでに冷静で、そして狡猾な戦略を口にしている。実際、こうした「新規プラン」をすべて嘘で固めることで、再度人々を混乱に落とし込み、計画の延命を図るのだ。
「なるほど……たしかに、いま崩壊してしまうよりはマシかもしれない。もう失うものなんてほとんどないからな」
「ええ、いっそ最後の嘘を大きく盛るわけね。捏造の新プランで騒ぎを逸らして、その隙にさらに投資を掻き集める……」
エレノアは呆れ混じりにつぶやき、ガイルはしばらく考え込むように頭をかき乱す。そしてやがて顔を上げ、「確かにやるしかないか」と重い声で言い放った。
「いいだろう、ステラ。お前の『時間稼ぎ策』とやらをやってみよう。俺たちはもう逃げ場がないんだ」
「ガイル様、お嬢様。今のうちに、大きく派手に『追加プラン発表』をぶち上げましょう。債権者や投資家が完全に引き上げる前に、もう一度賭けに出るのです」
「賭けて成功すれば逆転だし、失敗すればどうせ同じ破滅だ。……エレノア、どうする?」
「……やるしかないわ。レオンたちもまだ多少は金を出せるって言ってるし、あのフローレンスも最後まで煽ってくれるでしょう。ここで終わるくらいなら、嘘を重ねてみせる」
三人の間に不気味な「合意」が成立する。ステラは微笑みを浮かべ、手にしたメモ書きのひとつをエレノアとガイルに渡す。そこには「海外の新事業投資プラン」や「追加フェーズでの莫大な配当予想」など、耳障りのいい言葉が並んでいた。すべて実態のない空想にすぎないが、彼らはもはや藁にもすがる思いでそれに飛びつこうとしている。
「……これで少しでも出資を増やして、借金返済に間に合えば勝てる。あとは運頼みね」
「運だって何だっていいじゃないか。やらなきゃどうせ終わりだ。詐欺疑惑がここまで来てるんだし……。くそ、全部あいつらのせいで!」
ガイルが壁を拳で軽く叩き、エレノアも唇を噛む。周りの反応は悪化の一途だが、まだ「全投資家が完全に引き上げた」わけではない。残された希望を断ち切れない限り、彼らは最後の最後まで足掻くのだ。
「私たちがここで折れたら、本当にすべてが終わる。絶対にやってやるわ」
「ええ、頑張りましょう。私も裏でできる限り情報を操作しますから」
ステラがしれっと微笑む様は、まさに黒幕そのものである。だが今のエレノアとガイルには、自分たちを救う手段を示すステラの提案に乗る以外の選択肢がない。
こうして三人は「新たな嘘」を仕込んで時間を稼ぎ、追加投資を狙う狂気の綱渡りに踏み出すことに決める。今や詐欺はほぼ露見しているに等しいが、それでも「もう一手」の嘘を重ねようとする意志が、物語をさらに混迷の深みへ導いていく。
外は冷たい風が吹き、屋敷の窓を揺らしている。まるで迫りくる破滅の足音を告げるように――しかし、この親子と侍女の耳には届かない。焦りと絶望を抱えながら、彼らは最後の勝負に出ようとしているのだ。
(もう後がない。……なら、やるだけやるわよ)
(くそ……あと少し金が集まれば全部返せるんだ。ここで諦めてたまるか)
(さあ、これでさらに混乱が大きくなるでしょうけど、私にはどっちでも構わない。もう少し楽しませてもらうわ)
三者三様の心中を抱えながら、アルディアス家は「決定的な詐欺露見」の危機をかろうじて躱すため、さらなる虚構を積み上げる道を選ぶ。もう後戻りはできない。足掻きの末に待つのは栄光か、それとも最悪の結末か――すでに答えは見え透いているが、彼らは自分で目を塞いでいるのだった。




