第16話 詐欺の綻びと危機感の高まり②
夕刻、ガイル・アルディアスは町外れのカフェを借り切って、投資希望者との面談をいくつか設定していた。ところが、ここでも“怪しげな噂”を耳にした投資家が増え、来訪者は予定より減少している。
数人の投資家が並ぶテーブルで、ガイルはすっかり苛立ちを隠せなくなっていた。
「なんだよ、たったこれだけか。さっさともっと大金を出せる奴を連れてこいって言ったろうが」
「は、はあ……。でも、うちの顧客も最近の噂を聞いて尻込みしててですね。もう少し説明が欲しいというか……具体的な成功の根拠とか」
「根拠なんか、俺が名門アルディアス家の当主だってことだけで十分だろう!」
ガイルは声を荒らげ、テーブルを大きく叩いた。商人らしき男は仰天して身をすくめ、周囲の人々も「ガイル様、落ち着いてください!」と止めに入るが、彼は止まらない。
「うちの事業は絶対に成功するんだよ。日々賛同者は増えてるし、今さら疑ってる奴は損するだけなんだ!」
「は、はあ……。ですが、もし万が一……」
「黙れ! 万が一なんてあり得るか。そんなこと言う暇があったら、いますぐ投資金を集めてこい。いいか、これは最後通告だ。今すぐ大口を入れろ」
強引な甘言と脅しの混在した話し方に、投資家たちは明らかに引いている。しかし、その一部は「もしかしたらこれくらい強気の方が本当に成功するのかも」と惑わされている節もあった。人の欲と不安が入り混じることで、ガイルの暴言を完全に否定できないのだ。
「そ、そこまでおっしゃるなら……。私も少し追加で出してみようかと」
「おお、そうか! いいじゃないか。わかってるじゃねえか」
ガイルは顔をほころばせ、男の肩を叩く。だが、その笑みに安堵というより歪んだ狂気が宿っているように見えるのは、傍目にも明らかだ。
同じ頃、店の外には借金取りの使いが様子をうかがっていた。「ガイルが強気になってるが、実際に金を返せるのか?」と訝しむ声もあちこちで交わされている。
「おい、ガイル様、今度の返済期限について考えはあるのかよ?」
高利貸しの使いが突っ込むように聞くと、ガイルは相手の肩をつかむ勢いで接近する。
「あるさ、いくらでもある。もう少し、ほんの数日待てば俺がすべて返してやる。だから余計なことを言って回るな、お前らにとって損だぞ」
「な、なんだその言い方……。脅してるつもりか?」
「脅しじゃねえ。俺の計画が成功すれば、お前らは文句なく金を回収できる。それだけの話だ。今ここで騒がれたら、計画が失敗して一番困るのはお前らだろうが!」
ガイルの声は低く太い響きを宿し、男は一瞬たじろいだが、負けじと応戦する。
「ふざけるな。そっちがさっさと返せないから何度も来てるんだろうが。もし失敗するなら早めに差し押さえした方がマシだ」
「失敗しねえと言ってるだろうが! あと少し、ほんの少しで大金が集まる。邪魔してみろ、痛い目見せるぞ!」
「……けっ、乱暴な口を利くもんだな」
男が吐き捨てるように言い返すと、ガイルはさらに顔を赤くして息を荒らげる。投資家たちがドン引きの顔で「ガイル様、落ち着いてください」となだめるが、もはや彼の耳には届かない。
「いいか、うちの計画は本物だ。詐欺じゃない、絶対に成功する。だからお前らもくだらねえ噂を広めてんじゃねえぞ!」
彼は威圧をかけながら、テーブルを手で薙ぎ払うように動かす。置かれていたグラスがカタカタと揺れ、投資家の一人がそれを押さえながら後ずさる。
その光景は「情けないほどの暴走」とも言えた。威張った態度と口先だけの強気で、周囲を黙らせようとするガイル。その姿にこそ、追い詰められたクズ父の哀れさが浮き彫りになっていた。
「大丈夫、すべてがうまくいくんだ。うまく、いくんだ……。黙って俺についてきゃ、儲けさせてやる」
ガイルは自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、荒ぶる呼吸を整えようとしている。その隣で投資家たちは「ひょっとしてこの人、危ないんじゃ……」とひそひそ話を交わしていたが、言葉にできないまま恐る恐る身を退いた。
こうしてガイルは、焦りのあまりさらに強引な営業を続け、借金取りにも大口を叩いて追い返す。だがそれは空回りに近い行為で、周囲はますます不穏な空気に包まれていくばかりだった。




